2019年10月08日

「ブッダのほう」(・∀・)

ゴキゲンヨ―゚。+(=゚ω゚)ノ+。゚―ッ


植物の一年って、まるで人間の一生のようです。
まず小さな芽が出て、少しずつ成長していきます。そのうち、どんどん葉を茂らせて、美しい花を咲かせます。もう生命のエネルギーを力いっぱい輝かせて。そして、その力で成熟し実をたくさん実らせます。でも、やがて命のエネルギーは燃え尽き、種という形で次の世代に引き継ぎをすると、枯れてその一生を終えます。

と、言いたいところですが、

「おわってねーよ!」(゚Д゚)

ハイ。そうなんです。木、リンゴの木とかブドウの木の「木」たちは、ぜんぜん終わりではありません。次の年も同じように葉を茂らせ、花を咲かせ、実を実らせ、種を残します。毎年毎年、同じことをします。何十年も死にません。
実は、私たちも、この「木」のようなものなのです。まったく同じなのです。

私たちは「木」なのですが、葉や花や実や種を「自分」と思い込んでいる「木」なのです。葉や花や実や種は自分自身が作り上げた自分の一部なのですが、自分自身ではありません。でも、それらがあまりにも、生き生きと鮮やかに活動するので、ついつい、葉、花、実、種という集まり、一連の流れを、自分の一生だとカンチガイしてしまっている「木」なのです。


ではでは、具体的にどうカンチガイしているのか? というと、

身体や思考を「自分」だと思い込んでいるのです。

じゃあ、「木」本体は何か、ホントのホントの自分自身は何かと言うと、

「見ているヤツ」

「感じているヤツ」

「聞いているヤツ」

です。

この「3ヤツ」は、実は「ひとつ」です。その正体は、

『誰だかわからない』さん

なのです。(・∀・)ニヤニヤ



んでー……  

この「3ヤツ」のどれかになって、自分自身やこの世界を、見て聞いて感じることが、

いわゆる、「瞑想」です。

『誰だかわからない』さんと同じ視点に立ってみるということですね。
(・∀・)ニヤニヤ


というわけで、日常の生活をする中で、この「3ヤツ」のどれかになる時間を作ってください。いちばんわかりやすいと思うものからでいいです。また、知らぬ間に勝手に「3ヤツ」になってしまっているときもあります。そんな時を見逃さずに感じてください。これが、当笑ウリ部が言うところの、

「ブッダのほう」

です。(´∀`)ノ
難しい言葉で言うと「観照」になります。


私ウリエルは、ほんの短い時間、数分、いやもう数秒でもいいから、一日に何回かは「3ヤツ」のどれかになってくださいと唱えます。
テレビやスマホを見る時間を少し削ればいいだけです。もちろん長ーくできるのなら、どんどんしてくださいね。人と会話をしているときなどは、うまくできません。ひとりの時間にしてください。慣れたらどんなときにもできますけどね。

たいていの場合は、それをしたところで何も起きません。
「こんなことして、いったい何になるんだろう?」
と、疑問も湧きます。でも、それでいいのです。「気づき」は頭では考える理屈ではとても計れないものなので、何もわからなくていいのです。何のためにやっているのか意味不明でいいのです。懲りずに何回もしてくださいね。

逆に言うと、この「3ヤツ」になってないと、どんなに瞑想しても無意味です。禅の道場に行こうが、なんとかワークに行こうが、ただ座って「瞑想らしきこと」をしているだけですので(笑)
仕事の合間に、出かける途中に、家事の最中に、ほんの数秒でも「3ヤツ」になるほうが、ずーっと効果があると思います。


「3ヤツ」になるということは、『誰だかわからない』さんと同じ視点に立っているということです。そのうち、何かの拍子に「私」と『誰だかわからない』さんが「ひとつ」になるんですよ。それは「恩寵」として起こるのです。「私」の意思で起こすことはできません。ただ起こるのを待つだけです。ですので「3ヤツ」になって、その機会を増やしましょう。
一気に何もかもがドカンとわかる人もいれば、とても小さな「気づき」を積み重ねるようにして、徐々に理解が深まる人もいます。おそらくは後者のほうが多いかと思います。小さな「気づき」とは、今までまったく思いもしなかった見方や解釈です。それを「理屈が通らない」とか「非常識」だとか思わないで、大切に心のスミにでも保管してください。やがて、大きな「気づき」への貴重なパーツになりますので。コツをつかむと、小さな「気づき」も楽しいものです。


でもでも…… 残念ながら、「3ヤツ」がひとつもわからん! 
という方もおられますよね?

そんな方には、

「イエスのほう」

が、ございます。(´∀`)ノ

それについては、また次回以降。

ごきげんよう。


奥入瀬渓流
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@青森県十和田市
posted by 笑うウリエル at 23:23| Comment(32) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月05日

聞いているヤツ (ω・ )ゝ

ごきげんようヽ(`∀´)ノ ウヒョー


外のいろんな音に耳をすましてみましょう (ω・ )ゝ
目を閉じてもいいし、開いたままでもいいです。

この世界はいろんな音で満たされていますね。でも、じっと音に耳を傾けていると、

「あれ? 音って耳で聞いてる?」

そんな気がしてきませんか?(・ω・)

なんだか身体を通過しているような……

というか、すべての音が身体の内側で起こっているような……

そんな感覚にならないでしょうか? ならない?(´∀`)
ならないという人は、目を閉じて、すべての音が自分に向かってくるように感じてください。それならわかります?


さて、そんな音。聞いているあなたは、

「無音」

なんです。

ですよねー! 

あなた自身が「無音」だから

いろんな音を聞くことができるのです

当たり前です。音が音を聞くことはできませんので。一切の音がない状態がないと音を感知できません。
耳鳴りがするという人もいますよね。でも、それもあなた自身が「無音」だから耳鳴りを聞けるのですよね。

この「無音」のヤツが、

「聞いているヤツ」 (ω・ )ゝ

です。

「聞いているヤツ」はあなたの中心にいて、しーーーんと静まり返っています。なんの音もありません。「無音」です。あなたは耳で聞いてません。耳を通過して、この「聞いているヤツ」がすべての音を聞いています。耳鳴りも「聞いているヤツ」が聞いています。
というか、もっとよーく耳を澄ましてみると、すべての音が、「聞いているヤツ」から出てきてませんか?!
わかります? 

「聞いているヤツ」の中に音があるよ?(゚∀゚)!

そこで、ぐるっと何かが反転しませんかね?

あれ!?

「聞いているヤツ」がこの世界を包んでいる!

ならない?(´∀`)
これが、この前の、『静寂』 (゜д゜)の記事のお話なのですが。
(´∀`)

もちろん、

「見ているヤツ」と「感じているヤツ」と「聞いているヤツ」は、

同一です(・∀・)

(・∀・)ニヤニヤ

ごきげんよう。


田沢湖に立つ「たつ子」さん
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雲の景色で「怒っているたつ子さん」ぽくなってしまった(笑)
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@秋田県仙北市

posted by 笑うウリエル at 06:12| Comment(71) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月02日

感じているヤツ (・∀・)ニヤニヤ

ごきげんよう。( ̄▼ ̄)ノ


まだ少し蒸し暑いですが、吹く風はもうすっかり秋です。

秋風って、もちろんなのですが、秋にしか感じることができません。涼しさといっしょに稲穂の香りや、野焼きの煙の匂い、どこかでサンマを焼く匂いなんかも運んできて、秋だなーとしみじみできます。そして、どういうわけか少ししんみりとした気持ちになったりします。ずっと変わらないですね。毎年毎年、同じように感じます。

毎年、同じように感じる?(´・ω・`)

ねえ、みなさん、これって、少しどこかおかしいと思いませんか?

子供の頃に感じていた秋風と変わりませんよね。ずっと変わりませんよね? 

秋風だけでなく、お風呂の気持ちよさ、冷たい水の感触、ごはんのおいしさ、そよ風、花の香り、朝の空気……
子供のときから、その「きもちよさ」みたいなものは、まったく変わってないですよね?

まったく変わってないですよね?(´・ω・`)

なんで?(´・ω・`)
肉体は歳をとっているし、いろんな人生経験もしました。「きもちよさ」の感覚も少しは変化してもいいではありませんか。でも、

まったく変わってないですよね?(´・ω・`)


ここで、ちょっと注意して感じてください。次の文章をよく読んで、それを実際に感じてください。
秋風やその他のもの、外側のものが変わっていないから、変わらず同じように感じるのではないんですよ。あなたの肉体とは別に、

「感じているヤツ」がいて、

その「感じているヤツ」が、

ずっと変わってないんですよ


どう? これ以上、うまく表現する文章力がウリエルにはありません。なんかわかります?

「感じているヤツ」(・∀・)ニヤニヤ

いませんか? あなたの肉体とは別に。


そして、「感じてるヤツ」は、あなたが少年や少女のときから、ずっと歳をとってないのがわかりますか?
少年少女のときから、ずっと変わらず同じように秋風の「きもちよさ」を感じているのですよ。

これは、どうやっても理屈で説明できません。ただ「感じているヤツ」は永遠なんです。それをくみ取って、ただ永遠だと「わかる」だけがあるんです。
わかるまで何度も「感じているヤツ」に意識を向けてください。これ以上は説明できません。

「感じているヤツ」には時間がないんです!


ずっと変わってないんです。(・∀・)ニヤニヤ

永遠なんです。(・∀・)ニヤニヤ


そして、「感じてるヤツ」は、

「見ているヤツ」と同一です。

(・∀・)ニヤニヤ

ごきげんよう。


会津磐梯山は〜♪
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で、この地方の名物はソースカツ丼。というわけで、
「磐梯カツ丼」なるものを注文。
すると……

MEGA盛り、キタコレ!
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分厚いトンカツが三枚くらい磐梯山のようにのってたぜ…
@福島県磐梯町「十文字屋」
posted by 笑うウリエル at 16:50| Comment(72) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする