2016年02月14日

「よりどころ」

ごきげぇぇ ヽ(゚д゚)ノ ぇええじゃないか

うん、ぼちぼち記事を書きますよ。


『ハート』を通じて、その向こうとコンタクトをとるには、

『いま』、満たされている

と、強く実感している必要があります。
「満たされている」というのは、「これ以上、何もいらない」ということです。
『いま』は常に「これ以上、何もいらない」のです。もし、「まだ何かが足りない」と思うことがあるのなら、それは、

『いま』に興味が行っていない証拠です。

そのことが、わかるでしょうか?
もっと『いま』に興味を持ってみましょう。『いま』は、すべてがパーフェクトであることを、注意深く観察してください。
「『ハート』を目覚めさせたい」という思いすら、『いま』にいないのです。
『いま』をちゃんと意識していれば、『ハート』の扉を開くカギは自ずと与えられます。なにもこちらから、扉を開けようとしなくてもよいのです。
ただただ、『いま』に在ればよいのです。


それと、もうひとつ、『ハート』の扉を開けるのを阻害している要因があるのです。
私自身、『ハート』の扉がぶっ壊れて開きっぱなしになったのがけっこう前のことですので、すっかり忘れていました(笑)
これは、すべての人に当てはまるものではありません。しかし、半分くらいの方にとっては、大きな阻害要因になっているのではないかな? と、思います。
おまけに、これはほとんど無意識で横たわっています。だから、まず自分の中にこの阻害要因があることを掘り起こさねばなりません。

さてさて、その阻害要因は何かと言うと、

「よりどころ」

です。
あなたの安心の「よりどころ」です。
それは仕事や身につけた技術かもしれません。家族やパートナーかもしれません。または財産かもしれないし、友や仲間かもしれない。あるいは健康や体力や容姿といった、自分の身体的長所の人もいるでしょう。またはペットなんて人もいるかもしれない。とにかく、

これを失っては、もう生きていけないというもの

です。

あなたは本当は、それがなくても100パーセント満たされているのです。十二分にシアワセなんです。
それがないと安心できないのなら、『ハート』の向こうを何ひとつ信頼していないということなのです。
もちろん、本当に『いま』、それを失ってしまったら、大きな悲しみや、絶望感に打ちひしがれるでしょう。
しかし、それでもあなたは生きて行くのです。あなたの世界は終わらないのです。それがわかればよいだけです。

運命というのは、ときには残酷で過酷です。どんなに抵抗しても奪うものは奪います。人は運命に逆らえない。あなたの「よりどころ」さえ奪うこともあるかもしれません。

「そのときは、そのときさ…」

まずは、そう心に言い聞かせてください。
この先の「運命」に身を任す「覚悟」です。
最初はいやな気分になるものです。頭が狂うような気持ちになるかもしれません。
けれど、次第に落ち着いて見つめることができるようになりますよ。すると、あなたの世界かあなた自身に、何か変化が現れると思います。
その変化を見逃さず、注意深く観察してくださいね。

あなたの安心を保障する「よりどころ」、そんなものはいくら求めても「ない」とわかったとき、『ハート』の扉は開かれます。
そして、そのとき、

「本当の安心」

を、あなたは必ず知ると思います。

ごきげんよう。

towada.JPG
十和田湖@青森県
posted by 笑うウリエル at 23:36| Comment(26) | 旅のはじめのころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

「非二元」

〜(´∀`〜)スズスィー…ごきげんよ…

まったりと新しい記事でも書きます。いちおう、まだ春休みだよ( ̄ー ̄)

このブログは、私、ウリエルの歩む探究の道を書き記していっておりますので、
必ずしも、みなさんが同じように理解できるとは限りません。
私が見た『真実』は、私は『真実』だと捉えておりますが、それが、みなさんの理解した『真実』と、まるで違っていることもあるかもしれません。
しかし、それはそれで、どちらも『真実』なのです。
私が誰かの話を聞いて、「それは『真実』ではない」と思っても、その人にとっては、それは『真実』であることに間違いはなく、
このように『真実』というのは、もう摩訶不思議としか言いようがなく、人の思考や理屈が及ぶ範囲を、はるかに超えてしまっているのです。

さて、そんな摩訶不思議な『真実』ですので、

「ゼッタイにコレだ!」

と、いうのもがない(゚∀゚) 

と、ウリエルは理解せざるを得ません。


さて、よく「非二元」という言葉が、この界隈では出没します。アドヴァイタとかノンデュアリティとかとも、言います。
確かに「私はいない!」に初めて気づいたときの衝撃は、とても大きなものでしょう。まさしく神秘体験ですから。今までの世界観がガラリと変わる体験です。
「これこそ、『真実』!!!」
と、誰でも思ってしまいます。
しかし、今度はそれが新しい「私」になってしまったりします。
実際にいくら「私はいない」、ただ『空』だとわかっても、やっぱり「私」はいます。
「私はいない」と「私はいる」、二元です。ちっとも非二元ではありませんよね(笑)

または胸のスペースに気づいて、内側と外側がひっくりかえる体験も、それは大きな衝撃です。
「私しかいない!」です。
でも、内側と外側があります。やっぱり二元です。ちっとも非二元ではありません。

そうやって『真実』に気づいても、まだまだ、「わかること」と「わからないこと」があります。これまた二元ですよね。

『いま』は『永遠』です。『いま』には時間の概念はありませんが、『永遠』は時間です。やっぱり二元です。

だいいち「探究」と「ありのまま」って、矛盾してますよね。「探究」してたら「ありのまま」じゃねーよって(笑)
ハイハイ、二元です。

オマケに、『真実』へのアプローチも「ブッダのほう」観照と、「イエスのほう」自己想起があります。
『真実』を見る視点が正反対なんですから、二元と言えます。


いったい、どないなったら「非二元」を体験できるねん?


もしかして、ずーっと「二元」? 「非二元」なんて永久にない?

そう思えたとき、そのときよーーーやく、

あなたは「非二元」を知ると思います(´∀`)


「私はいない」でも「私はいる」でもない。

「二元」でも「非二元」でもない。

みたいな感じ?(笑)

あはは、なんのこっちゃ、わからないですよね?

その「わからない」が、これまた、いや、それこそ『真実』です!

『真実』は「わからない」、だから探究は『永遠』に続きます(笑)
でも『いま』しかないんです。だから「わからない」で大丈夫なのです(笑)
これ以上は言葉には、とてもできません。

ま、これもウリエルが理解したことで、みなさんにはみなさんの理解が、きっとありますよ。私と違っていたり、正反対でも、それもなーんも間違っていません。

ごきげんよう。

na.JPG
姫路のおとなり、たつの市(旧御津町)の菜の花は早咲きです。
一面の黄色が梅とコラボです♪
posted by 笑うウリエル at 22:35| Comment(17) | 旅のはじめのころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

まだ春休み♪

(*´ω`)o【ゴキゲンヨ】o(´ω`*)

ちょいとだけ記事を書いておきましょう。

そもそも、私たちは、

なーんで、『真実』なんてものを探究しているんでしょうね?

思い通りにならない人生を、少しでも楽にしたいという理由からの方もおられるでしょう。
「苦しみ」から解放されたいという、切なる思いからの方もおられるでしょう。
「なぜ生きているのか?」という、素朴で純粋な疑問からの方もおられるでしょう。
「神に逢ってみたい」という憧れから、という方もおられるでしょう。
または、「ただ『真実』を知りたい」という、自然に湧いてきた内なる欲求から、という方もおられるでしょう。
とにもかくにも、なんかわかるような、わかんないような衝動に駆られて、
『真実』を理解しようと、日夜、いろんなこと思ったり、したりしているわけです。

そうやっているうちに、ある日、ストンと落ちるところがあります。

そのとき、人は、

永遠に「苦しみ」が続くことに安心し、

永遠に「わからない」ことに安心し、

永遠に何ひとつ思い通りにならないことに安心するのです。

となると、
「『真実』の探究なんて、最初からしなくてもいいじゃん!」
と、思う方もいるかもしれません。
「どーせ、苦しみはなくならないし、何もわからないし、何も思い通りにもならないのなら、探究なんてする意味ないんじゃね?」
と、思うかもしれません。
うん、確かにそうかもしれない。探究なんてしなくても、シアワセな一生を過ごす方もたくさんおりますね。

でもねー……
いちど『真実』を探究し始めてしまうと、そこにたどり着くまで探究しないと、どうやら本当の意味での「平安」は訪れないみたいです。本当の意味での「自由」もないような気がします。
それまでに人は、何回かの神秘体験をするでしょう。みなさんも、心配なさらなくても、ちゃんとそこまで運ばれますよ。

ウリエルは今、ようやく真の「平安」と「自由」にくつろぐことができているという気がします。
そして、ようやく真の「生きる意味」を知りつつあるように思います。
それは『ハート』の奥、いちばん奥の奥。「私」という「たましい」の欲するもの。
あとは、残りの人生で、それをするだけのような気がします。

まあ、慌てず、ボチボチ行きますか。

ごきげんよう。

hinase.JPG
瀬戸内の風景・カキ筏@岡山県・日生諸島

ちなみにこの橋の上から撮りました。
この橋、名前を公募した結果、まさかの機種依存文字!!(笑)
hinase2.JPG
備前(はーと)日生大橋です。

posted by 笑うウリエル at 23:17| Comment(48) | 旅のはじめのころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする