2019年07月10日

「調う」(´∀`)

ごきげんよ ヽ(´Д`;)ノ ランタ タン♪


「本当の自分」が無限の存在ならば、この「人生」って、

いったいなんだろう?(´・ω・`)

仮に、何かを体験したくて、この「人生」、この世界を創造しているのなら、

いったい何がしたいんだろう?(´・ω・`)

って、みなさん、思ったりしますよね。ウリエルも常々そんなこと思います。
(´ー`)

でも、それは私たちの肉体のレベル、思考のレベルでは計り知れません。結局のところ「わからない」のです。
それもそのはずです。わかっちゃったら「人生」の意味がありません。種明かしされた手品のようなものになっちゃいます。

じゃあ、なんで探究するのか? 

「わからない」でいいと、わかるためかな。
( ・∀・)


思考の次元で外側を、この世界をコントロールすることはできません。自分の肉体ですらです。
でも、この『いま』に、必要なものは過不足なくそろっています。
それを知るのが「悟りじゃ」という人もおられます。でも、それすら、ひとつの見方にすぎません。

「苦しみ」から解放され、『絶対の幸福』を知るのが「悟りじゃ」というのも、ひとつの見方にすぎないのです。
『真実』はもっともっと深くて、私たちを飽きさせることがありません。本当にどこまで深いのか、やっぱり「わからない」のです。ひと言に、

『ありのまま』のあなたでいい

と言いますが、その『ありのまま』にも深さがあり、いまの『ありのまま』が、本当に『ありのまま』なのかも、やっぱりやっぱり「わからない」のです。


そんな「わからない」しかない、この人生なのですが、自分自身に正直になって行けばいくほど、なんとなく人生が、

「調う」

のを、実感します。
「ととのう」です。「整う」という漢字を使うのが普通なんでしょうが、ウリエルは「調う」のほうが、『いま』と調和している感じが出ているので、あえて「調う」にしました。
(´∀`)

本当の自分が何をしたいのか「わからない」ことばかりなのですが、この『いま』に、何かをしよう、何かをしたい、こうなったらいい、こうしたい、という内から湧くエネルギーのようなものが必ずあるはずです。「何もしたくない」も、「何もしない」をしたいというエネルギーです。
そのエネルギーを正直に認めるだけで、「調う」が起こり始めるのです。


本当の自分から分離した、「私」というフィルターを通してそのエネルギーを見ると、それはとても醜いものに見えることも多々あります。嫉妬、罪悪感、破壊的な感情、異常な性欲、非道徳的な欲望……
そんな醜いエネルギーを、私たちは見て見ぬふりをして抑圧してきました。「あってはならない」と。
でも、そういったエネルギーも正直に認めないと、この『いま』が調いません。醜いものもあっていいから、あるんです。
それでも、その調ってない状態で、この『いま』は、なんの不足もなく調っているのですよ(笑)
が、もう一歩深い次元から見ると調ってないのです。
(`・ω・´)キリッ

あなたが醜いと考えているエネルギーですら、本当は美しいのです。正真正銘の歓びのエネルギーなのです。
だから、そのエネルギーを正直に認めてください。そういった醜いエネルギーも「ある」と。それが「私」だと。


どの『いま』も過不足なく調っているのですが、その「調い方」には様々な次元があります。
その次元を深めていけばいくほど、

「私らしさ」

を、体現できるのです。深い次元から浅い次元の「私らしさ」、「調い方」を見ると、まだまだ不足だらけ。不足だらけで調ってるんですよ(笑)


あなたは誰かの役に立ったり、世の中に貢献するために生まれてきたのではない。ましてや聖人になるために生まれてきたのでもない。

「私らしく生きるため」

に、生まれてきたのです。
その「私らしさ」が、世間から評価されようがされまいがどうでもいいのです。社会の価値観的に、優れていようが劣っていようが、幸福であろうが不幸であろうが、どうでもいいのです。自分自身ですら、こんなこと本当につまらないとか、意味がない、おかしいと思っていても、それがあなたにとって、とっても大切なことで、この世界に生きている意味なのですよ。あなたは、それをするために生まれたのです。それを何かのカンチガイで「醜い」と感じるものにしてしまったか、「醜い」と見ているのです。まだまだ不十分な「調い方」なんです。


みなさんは、本当の意味での生きる歓びを体験するために生まれてきています。そういう意味で、私たちはまだまだ満たされてません。『いま』は満たされているんですが、もっと満たされる次元が、まだまだあるのです。「醜い」と感じているエネルギーが「美しい」になる、歓びとなる、さらに深い次元があるんですよ。その深みに終わりがありません。もっともっと「調う」のです。


正直に、さらに正直に、もっと正直に。すると、

調って、さらに調って、もっと調って、

満たされて、さらに満たされて、もっと満たされて……

あなたは、その「調う」の不思議に目を見張るのです。

「ああ、したいことは、体験したいことは、これだったんだ!」

と、驚くのです。

ごきげんよう。


みんな大好き、ランチパック専門店。
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@東京都・池袋駅
posted by 笑うウリエル at 07:09| Comment(42) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月04日

「劣情ルート」 (゚∀゚ノ)ノ

ごきげんよ ψ(`∇´)ψ うきょきょきょ


「私」というものは、表面に現れている部分、意識できる部分だけでなく、無意識の部分もあります。「潜在意識」と言われる部分です。
その「潜在意識」の最も深いところが、仏教で言う、阿頼耶識(アラヤシキ)
である。というのが、ウリエルの認識です。ですので、ウリエル的には、阿頼耶識も「私」です。「本当の自分」から最初に分離した、原初の「私」です。そして最終的に、探究する者は、阿頼耶識も超えて行くのです。

ま、それは置いといて……(´∀`)ノ

自分自身の「潜在意識」を知るのは、簡単ではありません。何せ無意識の部分なんですから。意識してないんですもん。
表面化している「こだわり」を紐解いて、どんどん奥に手繰っていくのですが、そんなに簡単に手繰れないのがフツーだと思います。時間がかかる。

ただ、比較的、たどりやすいルートというのがありまして。それは名付けて、

「劣情ルート」(´・ω・`)


この笑ウリ部では、いままで「性欲」については、それほど詳しく取り上げてませんよね。
つーことで、今回はちょいとだけ詳しく行きます。ハイ。
(´・ω・`)ノ

人間、誰にでも「性欲」ってもんがあります。人間のみならず、細胞分裂で増殖する生き物以外なら、だいたいあります。ないと子孫が増えません。
しかし、子孫を残す以外のことに、とんでもなく「性欲」を発達させている生き物は、人間だけではないでしょうか?
その証拠に、世間一般に、「ヘンタイ」とか言われる行為をするのって、人間だけですよね。
というか、「性的指向」または「性的嗜好」というものって、誰にでも何かしらあるんですよ。エスとかエムとか、ロリコンとかデブ専とかなんとかフェチとか、女装に男装、おまけに覗き魔とか下着泥棒とか…… もう多岐にわたって無数にあります。んでもって、その大半が、

子孫を残すことと関係ない

わけです。ハイ。

おまけに、なんで自分がその「性的指向」または「性的嗜好」なのか、ほとんど、

「理由がわからない」

のです。ハイ。
ゲイやレズビアンの方に、なんで同性を愛するようになったのか尋ねてみても、その理由はおそらくわかりません。この、

「理由がわからない」

が、「潜在意識」に深く入って行くポイントだと、ウリエルは見ております。


さて、そこでです。自分の『いま』の「性的指向」または「性的嗜好」を、ちゃんと、

明らかにしてください

それは表面化してしまうと、異常者や変態のレッテルを貼られるものかもしれない。もしかしたら犯罪者になることかもしれない。それでも、それが存在すると、ちゃんと自分自身で認めてください。
また、そういう過激なものでなくても、「性的指向」または「性的嗜好」って、日常の中で最も抑圧されている部類の「欲求」ですよね。でも、それも「私」なんです。ヘンタイなところがあっても「私」なんです。

認めてください。そして、可能なら、この世界にオープンにしてください。直接オープンにしてしまうと、犯罪とかになってしまうことなら、なるべくそうならないように間接的にオープンにする方法を、思考を使って導きだしてください。存在を認めて、正面からそのエネルギーを感じて待てば、必ず『叡智』によって導かれるはずです。
まあ、オープンするのがイヤでも、いずれはオープンになって、この世界と溶け合うようになってるんですよ。ホントです。
「性的指向」または「性的嗜好」でなく、ただ単に強い性欲が湧きおこってきたときも、それを抑え込もうとしないで。なるべく、オープンにしてくださいね。手当たり次第に乱暴しろとか言っているのではありませんよ(笑)
それを否定せず、ただ、すごいなと感じてください。あとは世界に任せてください。


「理由がわからない」のに存在するエネルギーの解放が始まると、一気に世界が変わります。
あり得ないがあり得るになるし、起こり得ないが起こり得るになる。「潜在意識」の扉が開き始めると、それくらい、どんどん世界が変化するのです。「性欲」からたどって行くことによって、別の思わぬ扉が開くのです。

そうやって、やがて、あなたは阿頼耶識ですらも、超えて行くのです。



あ、どうでもいいですが、ウリエルが勝手に作った名言(迷言)がありまして。

人は誰でもヘンタイだ。

もし自分はヘンタイでないという者がいたら、

そいつが最もヘンタイだ。

ごきげんよう。


「お金神社!」キタ━(゚∀゚)━!
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あ、ホントは「みかね神社」です(´・ω・`)
@京都市中京区
posted by 笑うウリエル at 23:12| Comment(42) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

「死」 (`-ω-´)

ごきげんよぅ…(´・ω:;.: (´:;.::. :::;.. ….


実はここのところ、やや体調を崩していたのですが、昨日はじっくり休んで、ずいぶん回復しました。暑くなってきましたので、みなさんも肉体は大事にしてください。
(´∀`)ノ


さて、今日は「わかる」について書こうと思います。そのために「死」というテーマを選んでみました。「死」についてあれこれ語るのでは、ありまへん。
(´・ω・`)
ウリエルは「死」とか臨死体験とかについては滅多に語りません。なぜなら、他者の「死」と自分の「死」とでは、そこに関連するものがないと感じているからです。他者の死を自分の死に当てはめることはできないのです。

ま、それはおいといて……(・ω・)

『真実』はどのようにして「わかる」のかというと、これは、頭で理解できないところで「わかる」のです。逆に言うと、理論や理屈で簡単に説明がつくものは、

『真実』ではありません

肉体の次元、現実世界の次元では、理論や理屈で説明がつけば『真実』です。1+1=2です。
しかし、現実世界を超えたワンネスと呼ばれる次元では、1+1=2とは言い切れません。なんつっても「ワンネス」なんだから、1+1=1かもしれない。あ、そうだ! 1+1=1じゃないか! なんか説明できないけど、それで間違ってないよね! と、確信的なものを直感で感じる。
精神世界の次元では、そんなふうに「わかる」のです。
(・ω・)

あ、1+1=1が『真実』かどうかは知りませんよ。例えです、たとえ。でも、あなたが直感的に「そうだ!」と感じたら、『真実』です。
(´∀`)


さて、それでは理論を超えて、直感的に何かをわかってもらいましょう。

人は「失うこと」を恐れます(`-ω-´)
うん、「失うこと」は恐怖ですよね。お金、最愛の人、健康、信用、生きる道…… どれも失いたくないものばかりです。
じゃ、なんで「失うこと」は怖いのかしら? じっくり考えてみてください。
すると、「失うこと」そのものより、「失ったあと」が怖いんですよね。「失ったあと」がどうなるかわからないから怖いんですよね。
お金、最愛の人、健康、信用、生きる道、どれも失っても人生が続いて行くわけです。終わりません。その続いて行く先の人生がどうなるかわからない、今よりも生きづらいものになりそうだ。だから、怖い。そういうことですね。
(´・ω・`)ノ

しかし、今よりも確実に生きづらくなるかと言うと、それもわかんないわけです。そうですよね?
みなさん、いろんなものを今までに失ってきたでしょう? でも、どんどん生きづらくなる一方だったかと言うと、そうでもないですよね。むしろ、失ったけど、結果的にかえってよくなった、てなこともたくさんあったですよね。
(´∀`)

そうは言っても、確実に結果的によくなるかどうかも「わからない」です。先のことは本当にわかりませんから。
つまり、この「わからない」が怖いんです。そうですよね。失った後の人生が確実にわかったら、「失うこと」は恐怖にならないです。


ハイ。それではです。「死」です。(`-ω-´)

単純に言うと、「死」も「失うこと」です。肉体やこの人生を失います。

なんで人は「死」を恐れるのか? 

「わからない」からです。

ここでは「死」そのものへの恐怖について語っています。死の直前の肉体的苦痛への恐怖は、それは生きているときの苦しみなので、厳密に言うと「死」の恐怖ではありません。


「死」の何が「わからない」のか? 死んだらどうなるのかが「わからない」のです。

人生を失うのがなぜ怖いのか? 失ったらどうなるか「わからない」からです。

ということは?

失ったあとがあるってことです

それをあなたは知っているから、怖いんです。

ごきげんよう。


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なんじゃアレは?

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口の中に入ってみた。
難波八坂神社@大阪市浪速区


posted by 笑うウリエル at 16:29| Comment(51) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする