2019年08月15日

「帰依」( ´ー`)

ごきげんよう (。=`ω´=)ぇ?


旅から帰り、ウリエルの夏休みも終わりです。
(´∀`)
ということで、久しぶりに記事を書きます。


私たちは常に、「外側」に気をとられるようになっています。「外側」というのは、「私」と「私以外」に分けたときの、「私以外」のほうのことです。ふたつに分けていますので、分離しています。つまり「外側」に気を取られるとは、分離している状態のことです。

「外側」に気を取られているかぎり、『真実』は見えてきません。気づきや悟りであっても、それが「外側」にあるものと感じていては、その本質が見えてくることはありません。気づきも悟りも、すでに自分の「内側」にあるのです。それを「外側」に見つけることはできないのです。もちろん「絶対の幸福」も、最初から自分の「内側」にあるのです。

「外側」に気を取られているかぎり『真実』が見えないのであれば、『真実』に気づくには、その反対をすればよいのです。

「内側」に興味をもてばよいのです

とっても簡単。シンプルでしょ?
(´∀`)


何かを食べて「美味しい」と思ったなら、その「美味しい」ってどういう感覚なのかを、しっかりと見てください。
その食べたものが美味しいと、ついつい思ってしまいますが、よーく感じてみると、ハートの奥からシアワセな感じがするのを「美味しい」と言っているわけです。ひょっとしたら、食べ物が美味しいのではないのかもしれませんね。

「ああ、『美味しい』って、こういうことか!」
それを改めて確認してください。そして、その内側にある「美味しい」に感謝すればいいのです。
( ・∀・)
そうするとね、あなたは自然に感謝を「外側」に表現するんですよ。いちいち思考を使って、食べ物やそれを作ってくれた人に感謝を表す必要がないんです。勝手に表現してしまうのです。
そもそも感謝って、自然に湧きおこるものです。「感謝しなければ」と思ってするものではないはずですよね(笑)


誰かを好きになったら、その「好き」という気持ち、「内側」に湧くエネルギーを愛してください。目の前の人を愛する前に、まず「内側」を愛するのです。

寂しいと感じるときは、その「寂しい」を愛してください。誰かを探し求める前に、まず「これが『寂しい』か」と、確認してください。

不安を感じるときは、その「不安な気持ち」をよーく感じてください。
なんだろう、このソワソワするような落ち着かない感じは? 胸が詰まるような。ああ、これが「不安」かぁ… 
そんなふうに自分の「内側」の何を「不安」と呼んでいるのか、素直にちゃんと感じてみてください。



自身の「内側」に常に目を向け、感じることを続けていれば、世界はそれに呼応するように変化していきます。どう変化するかは、思考にはわかりません。ウリエルはこれが

「帰依」

だと思っています。神様も仏様も、「私以外」のものと思って「帰依」していては、なにもわからないし、何も変わらない。

「内側」に「帰依」してください

とても簡単なことです。「私」は「外側」に向かって何もする必要がないのですから。すべては勝手に進んでいくのです。「私」がすることは「ああ、これが『好き』か」、「ああ、これが『怖い』か」と、確認するだけです。
自分自身に「帰依」するのです。


自分自身に興味がない人は、なにをやっても上手く行きません。行くはずがないですよね。自分自身に関心がないんですから。関心も興味もないものを、素晴らしいものにしてやろうと思うなんて、無茶苦茶だと思いませんか?


この世界はワンネスです。本当は「内側」も「外側」もありません。それを知るには「外側」だけに目を向けず、「内側」もしっかり見ないと。双方からの視点がないと、ワンネスなんてわかりようがないじゃありませんか。

「外側」はもうじゅうぶん見たはず。だから、これからは「内側」をちゃんと見てね。
(=゚ω゚)ノ

ごきげんよう。


どーんとホッカイドー!
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日が暮れてきた。
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エヌサカ線@北海道猿払村
posted by 笑うウリエル at 16:55| Comment(28) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月22日

「何もしない」(´・∀・` )

ごきげんよ〜ε〜ε〜┌(|||´Д`)ノ


ここのところ記事の内容が、初めてこのブログにやってきた人に、わかりにくい内容になっているのではないか?
ふと、そう強く感じまして。
というわけで、基本的なことに立ち返り、もっと実践的な記事を書こうではないか。そう思った次第です。ハイ。


精神世界でよく言われる「私はいない」、自己の不在ですね。これがどういうことかピンと来ないから、わからん、わからんと、みんな言うわけです。ハイ。
いやいや、そんな複雑なお話ではありません。

みなさんの身体が「私」じゃないんです

ハイ。

「じゃあ、いったい誰?」とか、考えるから複雑になるわけで、そんなもん「いったい誰なのかわからん」でいいんです。とにかく、この身体が「私」じゃないんです。それ以上も以下もありません。ハイ。

この身体が「私」じゃないを、よーく感じてみてください。身体は身体で動いています。「私」が動かしているような気がしますが、実はそうではありません。

身体を動かしている意思も「私」じゃありません

なぜなら、「私のお金」とか「私の家」とか言いますよね。お金も家も「私」じゃないから、そう言えるわけです。「私のものですよ」と言えるのは、それが「私」ではないからこそですね。
というわけで、「私の身体」って言いますよね。「私の意思」って言いますよね。身体も意思も「私」ではないから、そう言えるわけですよ。「私」じゃないんです。

ではでは、身体も意思も「私」じゃないんだと、よーく感じてみてください。というか、身体や意思を「私」だと思っているから、大混乱に陥っているわけですよ。
それを、

「何もしない」

で、ただ見てください。

「何もしない」は、思考を落ち着かせようとしたり、じっと動かないようにしようとするのとは違います。落ち着かせようとか、じっとしようとか、「しよう」としているので、これでは「何もしない」ではありませんね。
(´∀`)

「何もしない」は、

ただ、あるがままにしておく

ということです。
身体や意思の好きにさせておいてくださいということです。頭がかゆいと感じたら、勝手に手が伸びてかきますよね。いちいち手に命令しなくても、かゆいところは勝手にかくんです。そして「かゆいからかこうと思いつけ」と、いちいち脳にも命令をだしませんよね。
歯を磨こうと思ったら、歯を磨けばいい。いちいち「歯を磨こうと思いつこう」と思わなくても、勝手に思いついて、そしてそれから身体が実際に歯を磨くわけです。意思もどこからともなく勝手に思いついているんですよ。そうですよね。

それから感情もいろいろ湧き起こりますが、それも好きにさせておいてください。嬉しいとか、気分が悪いとか、イライラするとか、ほんわかするとか、いろんな感情もいちいち「私」がチョイスして引っ張り出してはいませんよね。勝手に湧き起こってきますよ。
それを湧き起こるままにしておいてください。いちいちコントロールしようとしない。ただ起こるがままにして、それをただ感じてくださいね。

大事なことは、意思も感情も、どっからともなく湧いてくるのです。「私」が湧き起こそうとしてはいません。それをしっかり受け止めてください。


さて、「私」じゃない身体に意思。そして感情も「私」ではない。「私」じゃないとしても、それらを見ることはしています。身体や意思や感情を見れますね。
「何もしない」で、あるがままにしている身体に意思に感情。これを「何もしない」で、ただあるがままにして見ていてください。

見れますよね(´∀`)

ただ見ていてください。これを専門用語で「観照」と言います。

この「見ているヤツ」、これに「私の」をつけれますか?
「私の見ているヤツ」
って、あえて意識してみてください。なんか気分が悪くなってきません(笑)
この、身体や意思や感情を見ている存在には「私の」が相応しくない気が、ものすごーくしませんかね?
そうなんです。つけれないんですよ。つけれちゃった人は、もう一回、「観照」をしてみてください。なんかヘンな方向に行ってます(笑)

しばらく、この「あるがままにして、ただ見る」をやってみてください。いちいち形式ばった瞑想をする必要なんてありません。むしろ、形式ばっていると余計に混乱しますので、「しよう」とする瞑想はやめましょう。
「あるがままにして、ただ見る」は日常のどんなシーンでもできます。仕事でも家事でも遊びでも。お気楽にやってください。お気楽が重要なんです。

するとね、そのうち、

まっさらな空間

が、あるのに気づく人もいると思います。

え、そんなのとっくに気づいてるって?

うん、それなら話が早い。それが「本当の自分」だよね。

ごきげんよう。

広島には、
「赤いローソン」がある。
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西宮には、
「虎なローソン」がある
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ちなみに、名古屋には「ドラゴンズなファミマ」があるらしい。
posted by 笑うウリエル at 23:13| Comment(26) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月16日

自分になる (・ω・)

|ョ・`*)ゴキ…|ョω・`*)ゲン…|ョ・ω・`*)よー♪|彡サッ☆


「調う」の、続きになりますが、あなたは、

自分自身になる

ために、この世界にいるのです。ブッダにもイエスにもなる必要がありません。あなたは自分自身になるために生まれてきたのです。そもそも、あなたは自分以外の誰にもなりようがありません。そして、あなたが自分自身になるために、この世界は創造されたのです。

では、自分自身になるためには、どうすればいいの?

思考はそんなアホなことを考えます。いやいや、すでにあなたはあなたなんですから。どうすればいいもヘッチクレもありません。そのままでいればいいのです。
(´∀`)ノ
『いま』の自分自身に正直になればよいのです。「べき」を捨てて、ただそのままの自分自身を受け入れればよいのです。
それだけで、何もかもが勝手に調うのです。


『いま』の自分自身は常に変化していきます。昨日までは「お金が欲しい」と思っていても、『いま』はいらないと思っているかもしれません。また、一度はいらないと思ったけど、また『いま』、「お金が欲しい」と再び思っているかもしれません。
昨日までと違ってていいのです。さっきとは違ってていいのです。『いま』を誠実に見て感じてください。正直な『いま』を。


自分自身に正直になれない人は、他人にも正直になれません。
自分自身に嫌悪感を抱いていれば、他人にも嫌悪感を抱きます。
そして、

自分自身を愛せない人は、他人も愛せません


自分で自分を否定するところなんて、あるはずがないんです。あなたには「こうあるべき」も「こうあるべきではない」もないんです。だって、自分自身になるために、ここにいるののですから。そして、自分自身を愛してみないことには、その中心には何もないことがわかりません。

自分自身のどこをも何をも否定せず、すべてを受け入れてください。醜いエネルギーや、おかしなこだわりがあるかもしれません。でも、それらもあって『いま』の自分です。それらも『いま』にあっていいから存在しているのです。

すると、世界が調うのです。「私」から見ると調い始めるように見えますが、ホントは最初から調っていたのです。誠実に正直になればなるほど、深く調うのです。


そして、『いま』の自分自身を正直に受け入れると、そのときはじめて、

『慈愛』

が、出現します。「思いやり」です。

どういうことか、よくわかんないですよね。
(´∀`)
じゃ、とりあえず正直になって、自分自身をすべて受け入れてください。

すると、わかってきますので。

ごきげんよう。


「銀河鉄道の夜」のモチーフとなったと言われる、
「めがね橋」こと「宮守川橋梁」
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でも、ホントはこっちだという説も。
「岩根橋」こと「達曽部川橋梁」
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宮沢賢治さんに聞いてみないとわかりませんね。
@岩手県遠野市
posted by 笑うウリエル at 23:28| Comment(37) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする