2016年11月27日

「違う」とか

ごきげん!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ ウォー!

なんか、またひとつの「夢」から覚めたような感覚です。そのたびに、神様がペロリと舌を出して笑っているような気がする(笑)
ということで、またこのウリエルの視点が変わっていると思います。ま、これも、このブログの特徴です。

「正しい」とか「間違い」とかの続きになります。
でも今日はちょっとヘンテコリンな話。

分離意識から行動すると、さらなる分離を生み出してしまう。これは、ちょっと前にお話しました。
何かを「正しい」と決めつけた瞬間、「間違い」が生まれます。「正しい」と判断したほうに進めば進むほど、たくさんの「間違い」を目にするし、その「間違い」の排除や改善もしていかなければなりません。こりゃ、たいへんですね。
紙の片方の面を「表」と決めつけると、反対側は「裏」になります。こんなふうに、この世界はあらゆるものが「ににふに」です。「表」だけとか「裏」だけでは存在することができません。だから二元の世界といいます。
だから「正しい」だけってのは、ありえないのです。

「信じる」をした瞬間、「疑う」が生まれます。
そもそも疑っているから、信じないといけないわけです。「ににふに」です。
「善」と決めた瞬間、「悪」が生まれます。
この世界は「ににふに」だらけ。あー、それなら永遠に分離してしまいますよね。
こういう状態が「平和」と決めたら、「戦争」が生まれる。
こういう状態が「裕福」と決めたら、「貧困」が生まれる。
こういう状態が「幸福」と決めたら、「不幸」が生まれる。
これが「違う」と決めたら、「同じ」が生まれ……

あれ……?

ちょっと待て……?

「違う」と「同じ」は「ににふに」?

あれれ?

「違う」は「同じ」で、「同じ」は「違う」?
「正しい」の反対は「間違い」、「違う」の反対は「同じ」
うーん、ってことは、もう一回、やってみよう。
「正しい」を決めた瞬間、「間違い」が生まれた。うんうん。
「善」と決めた瞬間、「悪」も生まれた。うんうん。
「みんな違う」と決めた瞬間、「みんな同じ」が生まれ……???

げっ! 「みんな同じ」だ! 分離してねー!!!

誰かこの現象を上手く説明して♪

ごきげんよーーー(´∀`)ノ

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コケの注意書き@兵庫県豊岡市
こんなんスキです♪
posted by 笑うウリエル at 21:38| Comment(42) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

「正しい」とか「間違い」とか

ごきげんよう((“(人ω-)シャカシャカ(-ω人)”))

このブログは、私、ウリエルの探究の記録でもあります。
だから視点がどんどん変わって行きますね。あっちこっちに飛び跳ねながら深化して行くのが、どーも、このウリエルという男の特徴のようで、これが「ウリエルの道」みたいです。
だから、ときどき、「ブレまくる」とか、「惑わしている」とかの意見をいただいたりすることがありますが、そういうブログです。そのことを知った上で読んでください。
そもそも、まったくブレていないであろう、古い経典やブッダの言葉をしっかり読んだら、迷うことなく『真実』にたどりつくのか?
と言えば、そんなわきゃーないことはわかるはずで、迷うこともまた必要だからこそ、迷うのです。


さて、先日、丹後を訪問した際に、ゲストハウスに一泊しました。
ゲストハウスのオーナーさんに案内され宿の中に入ると、もうひとり先客がおりました。が、私の姿を見て、スーッと奥に消えてしまいました。私より少し若いくらいの女性でしたが、思わず「幽霊か!?」と思ったくらい、こうなんとも言えない、生気のないというか生身の人間感のない感じが(笑)
「もうひとり、ゲストがおられるんですか?」
と、オーナーさんに尋ねると、
「ええ、長期滞在者の方が…」
と、なんとなく歯切れの悪い雰囲気。このオーナーさん女性なんですが、めちゃくちゃ明るく、いかにも人好きする感じ。そんな人が急に表情を暗くします。これは気になりますよね?
「ふーん、長期の方ですかー」
「はい。でも、なんか、よくわかんないんですよねー」
「は?」
「アタシ、彼女の言うこと、ぜんぜんわかんないんですよ」
「は……?」
「なんか、スピリチュアルっていうお仕事しているらしくー…」
「えっ……!」
そのとき、なーんとなくイヤな予感がしたウリエル。
「あれ? スピリチュアルって、御存じなんですか?」
「あー、えー、まあ、ちょっと趣味で……」
そう返事した私に、まさかの今度はオーナーさんがドン引きの顔。明らかに「マジか、二人目かよ!」って感じの(笑)

それから、私もオーナーさんも、「ナゾの彼女」の話はやめました。
そして、イベントの打ち合わせがあるから、よかったらお食事いっしょにどうですかと、オーナーさんに誘われるまま、打ち合わせ兼夕食に。こういう嬉しいハプニングもゲストハウスの魅力です。
イベント実行委員の方々と、なぜか飛び入りたこ焼き屋が楽しく夕食を取った帰り道です。オーナーさんが、ポツリと私に切り出しました。
「あのー、スピリチュアルについて、なんかご存じなんですよね?」
「ハ、ハイ」
「ちょっと教えてほしいんです。さっきのあの子、Mちゃんて言うんですけど、あの子の言っている意味がわからないし、あの子がこれからどうやって生きて行こうとしているのか、わからないんです」
お、おー…… 来たか……
「仕事って、どんなことしてるんですか? Mちゃん」
「カウンセリングとかクリニング? とからしいです。先祖のクリニング」
やっぱり、そんな感じか……
「これ彼女のブログです。意味わかります?」
読んでみる。意味が分からんてものではない。読めない。日本語なのに読めない! ぶっ飛んでるにもほどがある!

んで、オーナーとじっくりとお話をしているうちに、Mちゃんについてわかったこと。
@基本的に働く気がない。実家にも帰りたくない(母親を恨んでいる)
A勝手にゲストハウスで「先祖のクリニング」という商売をやっている。でもお客は滅多に来ない。
Bあらゆるスピ知識を自分の正当化、自己保身に使用。ときにはオーナーさんを恐怖に陥れる。
とまあ、こんな感じで… (´・ω・`)

でもね、ふと、そのとき、なぜかウリエルはこう思ったのです。

Mちゃんもウリエルも同じ

方向性とか程度が、まるっきり違うだけで私と同じ。同じ迷いながら生きている人間。
そして、スピリチュアルのスの字も知らない、オーナーさんも、また私と同じ。

以前の私、このブログを始めた頃のウリエルなら、「Mちゃんはおかしい、間違っている」と、堂々とブログに書いていたと思います。
しかし、最近はちがいます。この辺が「ブレる」ところですね(笑)
Mちゃんもそういう体験が必要だからしているわけです。Mちゃんが『真実』を知るためには、その道を歩まなくてはいけない、というだけなのです。
Mちゃんをどこかで知り、意味不明の「先祖のクリニング」を受ける人も同じです。間違うことが『真実』を知る上で必要だから間違うのです。そういう物語を歩むだけなのです。
間違いですら間違ってない。神様の前では、

「正しい」も「間違い」もないのです。


たくさんのスピリチュアルのサイトや、またはビジネスが巷に氾濫していますね。
そのどれもが「ウチは正しい」、「アソコは間違っている」なんて、お互いを責め合ったりしています。なんてつまらないんでしょう。目くそ鼻くそです(笑)
では、本当に何も間違いのないグルとか師という人がいたとして、その人の言う通りに師事していれば、誰もが何も間違わずに『真実』を知ることができますか? あなたは間違うことは、もうないのですか?
これこそが「正しい」と決めつけた瞬間、同時に「間違い」も生まれることがわかるでしょうか? そこに新たな分離が生まれるのです。「許せない」、「排除すべき」というエゴが、そこにあることに気づけるでしょうか?
「間違い」は「悪」と断定し、自分は「善」という決めつけ、思い上がりが、そこにあることを見抜いているでしょうか?

みんな間違えると思います。間違えるからこそ、『真実』がわかるのです。
ブッダは猛烈に修行をしましたが、そんなの「悟り」に関係ないと言いました。その間違いがあったからこそ、わかったのです。
親鸞もありとあらゆる修行をしました。でも何もわからなかった。その間違いがあったからこそ、わかったのです。
それでも、ちゃんと導かれるのです。間違えたこともまた正しかったのです。間違えないことには、何もわからなかったのですから。

「正しい」、「間違い」なんて自我、エゴの作り出す分離意識にすぎません。
みんな間違える。間違えないことには、『真実』もわかりません。
だから「この人は間違っている」と感じても、ただ許せばいいのです。その人があなたを『真実』に気づかせ、その人も『真実』を知るための体験をしているのにすぎないのですから。もし許せないのなら、あなたがエゴを抱えているから。なぜ許せないのか、自らを見つめないことには、あなたもさらなる『真実』に気づけません。何が正しくて、何が間違っているなんて、本当のところはわかりようがないんですから。

あ、でも、現実社会を人として生きる上で、正しい、間違いはありますよ。ルールを破ったり、人をダマしたりとかは、やはり間違ってます。
そういう間違いをウリエルがしていると感じたら、ちゃんと指摘してくださいね。


ちなみに、オーナーさんに、
「Mちゃん、どうしたらいいと思います?」
と問われて、ウリエルは、

「至急、追い出したほうがいいと思います」

とは、言っときましたけどね(笑)
Mちゃんはかわいそうだけど、ゲストハウス全体という現実世界のことを考えると、当然かと思いましたので。ゲストハウスは旅人が休んだり楽しむ場所なのですから。
そして、そのほうがMちゃんにとってもいいような気がしますので。
でも、それも「正しい」か「間違い」か、わかりません。

ごきげんよう。

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田舎にはオモシロイ景色がありますね@兵庫県朝来市

あ、これも貼っておこう。イベントの打ち合わせで見せていただいた、イベントに関係あるもの。
段ボール100% ボールペンの線ですら一本たりともありません!
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posted by 笑うウリエル at 23:43| Comment(52) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

笑えないウリエル

ごきげんよう。

小さなことがきっかけで始まった、このブログ。
始めたときは、この日本の中の、誰かひとりでも読んでくれたらいいな、という気持ちでした。
私、ウリエルはスピリチュアルのティーチャーでも、グルでもありません。ただの「たこ焼き屋のおっさん」です。有名でも著名でもありませんし、ブランドもステータスもありませんから。

同時に、スピリチュアルのティーチャーやグルという存在に、どことない「胡散臭さ」を感じておりましたので、
「このウリエルは、そういったものにならないようにしよう。たこ焼き屋さんのままでいよう」
そのようにも思っておりました。
まあ、どうせ、数えるほどの人しか来ない。そんなことを思うまでもない。自分用に自分の体験をまとめるようなブログでいいと思って始めました。

しかし、フタを開けてみると、思ったよりたくさんの人が来て、いろいろコメントを書いてくれたりします。
それは嬉しいものばかりでした。自分の感じたことに、こんなに多くの人が興味を持ってくれるなんて、新鮮な驚きでした。そして質問なども受けました。みなさんの真剣な様子がよくわかったので、
「これは、私も真剣に受け止めて、真剣にお返事しなくては」
と、そのときの自分にわかること、感じることを真剣に書きました。
そんなことをしているうちに、感謝や賞賛のコメントもたくさん入るようになりました。

「オレって、もしかして、スゴイ?」

そんな勘違いも少し生まれてきたりします。
まあ、人間ですから、褒められると嬉しいものです。でも、それはそれ。私はそういったものに惑わされないように、付けあがることのないようにしなくてはと、自分を戒めつつ、ブログをして行きました。
私は偉い人でもスゴイ人でも、なんでもない。ただの「たこ焼き屋のおっさん」です。そう自分に言ったものです。

そのうち、遠いところから、わざわざ私に会いにやってくる人が現れました。さらに私のHNを冠した集まりも開かれるようになりました。自分でも驚くほどの人が集まってくれました。
これも嬉しいものでした。でも、
「どうして、こんなおっさんのところに、みんなやって来るのだろう?」
という、戸惑いの気持ちも大きかったです。でも、もともと、人と会ってお話することが嫌いではなかった私にとって、とても楽しいものでした。
あまりにも楽しかったので、私はこれからも機会があれば、こういうことをしたいなと思うようになりました。
そうして、各地でポツポツと会が開かれるようになりました。

集まりの中で、私はたびたび持ち上げられ、褒められました。チヤホヤされたのです。
「承認欲求」が満たされた心地よさを感じました。人間ですから「承認欲求」があるのは仕方ないし、満たされると心地よいのは当然です。しかし、これはこれ。これがために会を開くことにないようにしようと、自分を戒めました。
「みんなと共に探究するひとり」でいよう。いや、そうでなければ、どこかおかしなものになってしまうと思いました。自分から積極的に会を開くのではなく、需要があればするというスタイルで行こうと考え、そのようにしてきたつもりです。
しかし、あまりにも、どこでもチヤホヤされているうちに、

気づかぬところでエゴがのさばっていたのです。

このブログを書いたり、コメントを読んだりお返事をしているときに、私の中に楽しい「ワクワク」が、たびたびありました。
私は素直にこれを『ハート』が喜んでいるような感覚で理解しておりました。しかし、恐ろしいことに、これは私のエゴが創り出していた、巧妙なトリックだったのです。この「ワクワク」のうしろに、私の醜いエゴの欲望が隠れていたのです。

「もっとチヤホヤされたい」

ただ私の体験や理解を書いていこう、何か感じてくれる人、何かのヒントになった人がいたら、それでいい。
そういう思いで書いていたはずのブログが、いつの間にか「チヤホヤされたい」がために書いていたということなのです!!!
((( ;゚Д゚)))

おい、よくこんなことも見抜けずに、ブログで講釈たれてたよな、ウリエル?
なにが「承認欲求は分離意識ですー」じゃ。胡散臭いヤツらとなんも変わらんぞ。
それに偉い人気取りにもなってるぞ。「みんなと共に探究するひとり」というのが、そもそも、偉い人気取りやな。「私はその辺の胡散臭いヤツらとはちがいます」てか。アホか。それを「分離意識」って言うんや。
ええか、ウリエル。よく聞け。
こういうスピリチュアルのブログとかやるヤツが、

いちばん、わかってないんや。

だからブログするなら、ここに来られるみなさん方から、オマエが教えてもらえ。
決してオマエが教えるような思いあがった姿勢をとるな。
世間の荒波で「苦しみ」にもまれて、それでも「苦しみ」を受け入れながら必死に生きている、みなさんから、オマエが教えてもらえ。オマエがいちばんわかってないからや。
そして、本来、オマエが「ワクワク」するべき対象は「たこ焼き屋」やぞ。お店に来るお客さん、話しかけてくれる町の人たち、そういう町の景色やぞ。それがオマエの「現実世界」やぞ。それを忘れてどないすんねん。
忘れてしまったいたら、それこそ、

「現実逃避」

やないか。バカたれ! ちゃんと現実を生きろ!

そして、このような↑メッセージが一瞬にして届いたのであります。

まったく…… 穴があったら入りたいとは、このこと……(´;ω;`)

何も問題がない完璧な人間などいません。
だからと言って、私に問題があって、そのままでいいということではない。
問題があるなら、その問題に気づき真摯に向き合わないといけません。その上での「ええねん」です。
問題があるけど、べつに「ええねん」ではない。

今宵はこのへんで。

ごきげんよう。

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posted by 笑うウリエル at 23:02| Comment(59) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする