2020年04月19日

「自分を愛する」(´∀`)

ごきげんよう(∩ ゜ω゜)つ


自分を愛せないと、他人を愛せません

いきなりですが、スピリチュアルやそれ以外でも、よく見かけるフレーズです。
では「自分を愛する」って、いったい、どういうことでしょう?
(´・ω・`)

「自分を愛する」とは、「愛せる自分」になろうとすることではありません。また、
「自分を愛する」とは、「自分は正しい」と思いこむことでもありません。

「自分を愛する」とは、ただ、

「いまのままの自分で完璧なの!」

と、言えることです。
(・ω・)

真実、あなたは、いまのままのあなたで完璧です。何者にもなる必要がありません。実現すべき理想もありません。いっさいの「こうあるべき」や「ねばならない」が、最初からないんです。

「こうあるべき」や「ねばならない」は、現状を拒絶することです。「いまの自分」の拒絶です。
痩せてスリムな自分になろうとダイエットを始めた。やっぱり美しくカッコイイ自分が好き。これは「自分を愛する」ではありません。今の自分が愛せないので、何者かになろうとしています。「いまの自分」を拒絶してます。
でも、どうせ出来もしないダイエットを懲りずにやる自分が好き。これは「自分を愛する」です。何も拒絶してません。
(´∀`)

人から批判された。そのとき「自分は正しい。間違っているのはお前だ」と思うことが、「自分を愛する」ではありません。
「ああ、こういう風に自分を見る人もいるのだ。なるほど」と思うことが、「自分を愛する」です。


「自分を愛する」とは、すべてを受け入れること。何も拒絶せず、否定せず、ありのままをすべて受け入れること。

受け入れられないことに出会ったら、「ああ、まだ自分を愛せてないな」と思えばよいのです。そんな受け入れられない自分を受け入れればよいのです。それを自己批判することはありません。「自分は未熟だ」と笑えばよいだけです。自分自身に対する批判、否定、拒絶、すべて不健全。
愛せていないことすら愛せるのです。難しいことではありません。

そして、自分自身を正しいとか間違っているとか、ジャッジすることも不健全。

「正しいか間違いかわかりませんが、これがいまの私の在り方です!」

そう宣言してください。そもそも「正しい人」なんてひとりもいません。誰も正しさなどわからないし、みんな常に間違えます。その間違いに気づきながら生きているのです。

「こうあるべき」や「ねばならない」を捨て、「正しさ」を捨て、「いまの自分」のすべてを受け入れて、受け入れて、受け入れたおしてください。
すべてをちゃんと受け入れると「調和」が生まれます。それは言葉に表しようがない、穏やかで優雅な瞬間です。
それが『ありのまま』です。葛藤がどこにもありません。
そのとき、はじめて人は、

誰かを愛し、思いやることができます

ごきげんよう


「ソーシャル・ディスタンス」を守ろう。
ってことで、ひと気のないところを散歩した(・ω・)
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ひまわりの丘公園@兵庫県小野市
posted by 笑うウリエル at 22:49| Comment(24) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする