2020年03月01日

「調和」(・∀・)

ごきげんよう( ゚д゚)д゚)д゚)д゚)д゚)


「新型トイレットペーパー騒動」、すごかったなぁ…( ゚д゚)

いや、実はウリエルのたこ焼き屋は、ドラッグストアの一角を借りてやっているのです。
(・ω・)ノ


まあ、それは置いといて。さて、いきなりですが、

『調和』

です。「調和」(・∀・)

そう、この世界と調和するには、

『孤立』

しないとできません。誰の賛同も得ず、だれとも協調しない。これが『調和』なんだけど、考えてもわかりません。実際に体験したらわかってきます。

もちろん、友人や家族と縁を切ったり、人付き合いをやめるということではありませんよ。
(´∀`)
どういうことかと言うと、『真実』は、おのれの内側にしかなく、おのれにしかわからない。誰とも共有なんてできない。それを知ることです。同じ理解の人なんていません。いるはずがないのです。

『真実』は、自分以外の誰にもわからない

これが『真実』でもあるのです。


そもそも、外側にあるものはすべて幻想です。自分自身のこの肉体、そして、頭に思い浮かぶ思考までもが外側で幻想なのです。もちろん他者も幻想です。
実在は「空」であり「静寂」であり「無」なのです。このことを理解すると、「孤立」以外のしようがありません。

「サイの角」

でしか、ありようがない。
「サイの角」というのはブッダの言葉ですから、インドサイの角ということです。インドサイには一本しか角がありません。けっして一頭のサイに二本の角はないのです。同じ実在、同じ『真実』を持つ角はないのです。

だから、「サイの角ように歩め」というのは、

外側の意見に頼るな

ということでもあります。他者はもちろん、思考ですら外側なのです。思考と言うのは外側の意見や情報の寄せ集めですから。


『真実』は内側にしかない

このこと深く理解すると、自ずと世界との『調和』が起こり始めます。

理屈ではうまく説明できませんが、頭に思い浮かぶ思考は、すべて幻想なのだということを、よく感じてください。感じてくださいという表現も適切ではないような気がしますが、とにかく、あらゆる思考は『真実』ではないのです。

ある角が「トイレットペーパーがない」と言い、
ある角が「トイレットペーパーはある」と言う。
どちらの角も、あなたの『真実』ではありません。

どちらの意見も『真実』ではない。このことを理解して『調和』が起こり始めるのです。

『調和』とは『孤立』なのです

「サイの角」なのです。

うーん…… これ以上は、うまく説明できません。『調和』とは『孤立』を感じ取ってください。


というかですね、もちろん、あなたがここまで読んだこのブログも、

あなたの『真実』ではありません(´∀`)

ごきげんよう。


ひなまつり(・∀・)
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ビッグひなまつり@兵庫県小野市
posted by 笑うウリエル at 23:02| Comment(43) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする