2020年01月10日

『誰だかわからない』さん

ごきげんよう ∩゚∀゚∩ばぁ


今日はちょっと、いつもとちがった切り口で記事を書きましょう。
「見ているヤツ」についての考察です。
(´∀`)

みなさん、自分自身が今、何を考えているか見ることができますよね? 思考って観察することができます。

「私はいま、こんなことを考えている」

と、自分がいま何を考えているかを、冷静に観察することができます。さて、そのとき、観察されているのが私ですか? それとも観察しているのが私ですか?

どっちが私?(・ω・)


思考だけでなく、感情も見ることができますね。

「私はいま、すごく怒っている」
とか、
「私はいま、ウキウキしている」
とか。

そのときも、見られて観察されているのが私? それとも、見て観察しているほうが私?

どっちが私?(・ω・)


そんなの当たり前じゃないか。観察しようと私が思って観察しているんだから、観察しているほうが私だよ。
と、おっしゃるかもしれません。

じゃあ、観察されているほうは誰よ?

……(´・ω・`)

何を言ってるんだ。私が私を観察しているんだよ。どっちも私だよ。

これが、大半の人の認識だと思います。
「どっちも私」
ある意味、間違ってはいません。けれども、この肉体を「私」と思っていると、とんでもないカンチガイをしていることになります。言っている意味、わかります?
(´∀`)


もし、この肉体が「私」という認識でいるならば、自分と他人が別々と思っているならば、と言ってもいいですね。その場合は、観察している側は、実は、

誰だかわからない何者か

になるんですよ。その視線というか「まなざし」は、いったい誰が見ているものなのか、まったくもって不明なんです。
でも不明だと、あまりにも気持ち悪く感じるので、これも「私」に違いないと勝手に思い込んでるだけなんですよ。いや、ホントです。だから、わざわざ『誰だかわからない』さん、なーんてネーミングにしたんですから。

よいですか? 自分の思考や感情を見ているとき、その見ている存在は、なんとかという名前を持つ一個人じゃないんですよ! ぶっちゃけ、日ごろ肉体を持って「私」として生きているヤツじゃないんですよ。早い話が、自分自身と思っているヤツじゃないんですわ! もう一体全体、

誰だか全然わからないんです!

誰だかわからないので、この際、もう、あなたの好きなように呼んでみてください。「神様」でもいいし「阿弥陀仏」でもいいです。「ジーニー」でも「よしお」でも「はなこ」でもいい。とにかく、ホントは「私」じゃないんだと思ってみてくださいな。事実、「私」とちゃいまんねん。


するとどんな感じがします?

今まで確かだと思っていたものが、ぐらついてきませんか? 

なんだか気分が悪くなってくる? それでいいと思いますよ。
(´∀`)


そもそも、その誰だかわからない正体不明のヤツが、

本来の自分

なんですけどね。「私」のほうが、後からできた意味不明のヤツなんですが。いつも「私」と当たり前に感じているヤツこそ、名前や住所があるヤツのほうが、

「おまえ、誰やねん?」

なんですが。

ま、このへんで。ごきげんよう。


会津もういっちょ(・ω・)ノ
IMG_7940.jpg

会津には、いい雰囲気の建物がいっぱい。
IMG_7916.jpg

スポーツ用品店
IMG_7926.jpg

お菓子屋さん
IMG_7913.jpg
@福島県会津若松市
posted by 笑うウリエル at 23:07| Comment(50) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする