2019年10月12日

「イエスのほう」(・∀・)

ごきげんよ (ノ・人・`)??ハテ

台風で本日の営業は中止です。というわけで記事でも書こう。


「3ヤツ」に注目して、自分自身が「空」であり「無」であると気づいて行くアプローチの仕方を、

「ブッダのほう」

と、当笑ウリ部では呼んでいるのですが、それに対して、
自分自身が「愛」そのものである。ということに気づくアプローチの仕方を、

「イエスのほう」

と、呼んでいます。

「空」と「愛」は同じものです。ひとつのもののそれぞれ違う側面です。どちらか片方だけ、わかればよいというものではありません。でも、そのアプローチの過程は人によって様々ですので、やりやすい、わかりやすいほうがあります。今から説明する「イエスのほう」がわかりやすい人もおられるでしょう。
でも、最終的には両方わからないといけません。「空」だけではスカスカだし、「愛」だけではフラフラして不安定で落ち着きません。

さて、

「イエスのほう」

は、『ハート』に働きかけるアプローチです。『ハート』とは何か? と言うと、なかなか説明が難しいです。簡単に言っちまうと感情体です。第四チャクラと言うこともあります。センターなんて言うこともあるかな。
ウリエルは、過去のおさらいになりますが、

感動してジーンとするところ

と、言っております。ま、それだけでなく、

「一服してホーッとするところ」
「辛いときギューッと締め付けられるところ」
「恋してキュンキュンするところ」
「ビックリしてドキッとするところ」
「楽しいときワクワクドキドキするところ」

そんなところです。だいたい胸のあたりですね。胸の奥のほうです。人によっては背中側に感じる人もいると思います。身体の中心じゃなく、少し横やナナメ方向にずれていてもかまいません。身体の内でなく胸の前、身体の外側に感じる人なんかもいると思います。まず、自分がどこでジーンと感じているか、それを確認してください。その場所が、あなたの『ハート』です。
頭で考えて決めるものではありません。感情のエネルギーのようなものが振動している場所です。身体の感覚に従ってください。日によって移動したりします。「ここが『ハート』」と、思い込まないようにしてくださいね。


その『ハート』の中に湧きおこるエネルギーを、まず、ただ感じます。おもしろいもので、この振動を増幅させようと思うと、けっこうできるんですよね。感情のエネルギーを増幅させて感じてください。もちろん、できないときもあります。そんときは、それでいい。

そして、そのエネルギーの振動に語りかけてください。いちばん、素直に語りかけることができるのが、

「ありがとう」

だと思います。
(´∀`)ノ

うれしいとき、たのしいとき、感動したとき、そのエネルギーの振動に向かって感謝するのです。美味しいときや、気持ちいいときなんかも。
私たちは常に外側、つまり、他者などの「目に見えているモノ」に向かって感謝しなければいけないと思っていますよね。「感謝の意を表す」なんて言います。「感謝しなさい」って、子供の頃から言われ続けてきましたので、それが感謝だと思い込んでいるわけですが、そうではありません。

感謝は内向きにするものです

『ハート』に向けて。


また反対に、つらいとき、悲しいとき、痛いとき、苦しいとき。こういうときも人生には当然あります。
こういうときって、エネルギーは振動ではなく収縮しているように感じます。それも実は振動なんですが、それも感じてみないとわからないので、ちゃんと感じてみましょう。誤魔化さずに。
そんなときは、『ハート』に向かって、

「つらいです」

と、言ってください。
「なんとかしてください」とか余計なことはことは言わないでください。その辛さ、痛みも存在していいから、あるのです。取り除こうという意思は捨てて、ただ感じてください。「これが、つらいか」と。
その他にも、怒り、恐怖、不安、嫉妬、退屈、面倒くさい、などなど、感情には様々なものがありますが、とりあえず、まず素直にその感情を認めてください。そういった感情があると。そして、その感情を感じてください。
これらのネガティブな感情については、また説明していきますね。


この「イエスのほう」は、人生、そして、この世界、この世界に起こること、もうありとあらゆることが、この『ハート』から起こっているということに気づくもの、いわばメソッドです。そして本当に表現したいこと、すべきことに気づくメソッドでもあります。
そのために、日ごろ外側に向かっている意識を、まず『ハート』に向けるわけです。

日常の私たちって、あまりにも意識が外側に向かいすぎているんですよね。人に親切にしてもらったとき、感謝をその人にはしますが、『ハート』にはしません。人を愛したとき、『ハート』にその人が現れたことに感謝しませんし、そのエネルギーの振動をちゃんとは感じません。
また、つらさや痛みに関しては、『ハート』の中にあるそれらに目を向けることもしません。

あらゆることに対して、まず『ハート』を意識しましょう。その中に神様がいるというイメージで。神様は天にいるのではありません。あなたの『ハート』の中にいるのです。そこから、すべてが起こっているのです。そんなイメージで様々な感情を感じて『ハート』に、神様に語りかけてみてくださいね。
それもまた「瞑想」です。

もちろん、すぐに何かが起こったり、変わったりするものではありませんよ。
また、こうすればこうなるというような筋道が立つようなことも、一切ありません。何かが変わり、何かがわかる、何かから解放されて行くのです。どうなるかは予想不可能。ホントに神様まかせです。
「ブッダのほう」と併用しながらやってみてください。


実は、私たちは本当はこの「愛」を、ものすごく恐れているんですよ。本当は誰も「愛」に気づきたくないのです。自由になんかなりたくないのです。
だから、「イエスのほう」はちょっと勇気がいります。そんな恐怖を超えていくのに少し時間はかかりますので、根気よくね。
(´∀`)

でも、「愛」はちっとも怖いものではないんです。当たり前です。

だって「愛」なんだから(゚∀゚)!

ごきげんよう。


なんじゃこりゃ?
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「100年とらふぐ」というそう。一目見ると寿命が3分のびるらしい。

日が暮れた。
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@兵庫県南あわじ市・福良港
posted by 笑うウリエル at 11:47| Comment(72) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする