2019年09月14日

未知の世界へ (´∀`)ノ

ごきげんよおぉぉぉ┌(`Д´)ノ)゚∀゚)ペショッ


昨日の夜、いつも行くスーパーマーケットに行きました。すると、なんか、いつもと違うのです。
スーパー自体は何も変わっていません。売り場も流れている音楽も、いつもと同じです。まったく同じです。

でも、何かが違う。

根本的に、何かが違う……(´・ω・`)

どう違うかと言うと、

すべてが、ウソっぽい(´・ω・`)


なんかね、全部ウソに見えたんです。陳列してある品物も、天井も床も、買い物客も、

ぜーんぶ、ただの映像(´・ω・`)

そんなふうに見えまして。それだけでなく、流れている音楽も映画のBGMみたいな感じがする。
魚や野菜を手に取ってみると、感触や重量感はあるのですが、それもそんな気がしてるだけで、そもそも、

 ウソ (´・ω・`)

そんな不思議な感覚に包まれました。


さて、何が言いたいかと言うと、こんな風に思考では説明がつかない感覚になることって、実はみなさんにもよくあるはずなんです。「これ、なんかヘン」みたいな感覚になるとき。

そして、そういうとき、人って、ついつい思考でアレコレ説明をしたがるんですよね。
「ちょっと疲れているから」とか、「気のせいだ」とか、「眼鏡がおかしい」とか。
今までの知識や記憶の中から、説明がつくようなものを探して当てはめてしまうんです。そして、当てはまるものがなかったら、こんどは新しい知識を探しに行きます。今の思考で納得が行くものを。

でもね、それでは、

次元が変わらないんです(´-ω-`)


スーパーの中の世界が、ぜーんぶウソに感じたら、

「なるほど! 今日はぜーんぶウソだ!」

で、いいんですよ。わかるとか納得いくとかいらないんです。ぜーんぶウソに感じたから、「ぜーんぶウソだ」でいいんです。
(´∀`)ノ
ぜーんぶウソでも、何も困りません。買ったものも、払ったお金も、家に帰ってそれを食べることも、ぜーんぶウソだったら、それはそれでいいじゃないですか。


今までの世界を超えた、新しい世界への扉が開かれているのです。その扉の向こう側には、今までの知識や記憶、それから今の思考で理解できるものは、ないんです。新しい次元なんですから。今の次元よりも深いのです。
それを今の次元で理解しようとしてもムリ。それを思考で説明をしようとすることは、せっかくの扉を閉じてしまうことなのです。

だから、思考で説明のつかないことに出くわしたら、

どんどん入って行ってください

そこに留まってみてください。それをしっかり身体で感じてください。

前の記事のコメント欄に、
「私がいるのは、私がいないから」
と、書き込んでくれました。これ、おそらく思考では理解できませんよね。どうやっても今の思考では理解できない方が多くおられると思います。でも、これをいちいち、今の思考で理解しようとしなくていいんです。いちいち説明をつける前に、まずは、
「なるほど! なんかわかんないけど、そうじゃん!」
って、丸ごとそれを受け入れて、「それも正しい!」って、まずは感じてみてくださいな。
思考で理解できないことに出くわしたとき、それは

恩寵の扉が開かれている

のですから。

ときにはその扉に恐怖を感じることもあります。元の世界に戻れないんじゃないかって。ハイ、そうなんです。戻ることはできません。戻る必要がないのですから。
(´∀`)


なんかわかんない未知の世界に進んでいくから、新しい世界が展開するのです。それは今の思考では計り知れない世界です。

単純なことなのに、けっこう、気づいていないことでなんですよね。


ま、そんな感じで未知の世界をウロウロしているうちに、
「なんかわかんないけど」が、バシッと一本につながるんです。

ごきげんよう。


羊蹄山
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そして、羊蹄山を背に
「熱唱」細川たかし
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手をかざすと、北酒場が大音量で流れた。その場にいるのが恥ずかしくなるくらい、静かな村に響く響く!
マジで「熱唱」(笑)
@北海道真狩村
posted by 笑うウリエル at 22:23| Comment(46) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする