2019年06月27日

「死」 (`-ω-´)

ごきげんよぅ…(´・ω:;.: (´:;.::. :::;.. ….


実はここのところ、やや体調を崩していたのですが、昨日はじっくり休んで、ずいぶん回復しました。暑くなってきましたので、みなさんも肉体は大事にしてください。
(´∀`)ノ


さて、今日は「わかる」について書こうと思います。そのために「死」というテーマを選んでみました。「死」についてあれこれ語るのでは、ありまへん。
(´・ω・`)
ウリエルは「死」とか臨死体験とかについては滅多に語りません。なぜなら、他者の「死」と自分の「死」とでは、そこに関連するものがないと感じているからです。他者の死を自分の死に当てはめることはできないのです。

ま、それはおいといて……(・ω・)

『真実』はどのようにして「わかる」のかというと、これは、頭で理解できないところで「わかる」のです。逆に言うと、理論や理屈で簡単に説明がつくものは、

『真実』ではありません

肉体の次元、現実世界の次元では、理論や理屈で説明がつけば『真実』です。1+1=2です。
しかし、現実世界を超えたワンネスと呼ばれる次元では、1+1=2とは言い切れません。なんつっても「ワンネス」なんだから、1+1=1かもしれない。あ、そうだ! 1+1=1じゃないか! なんか説明できないけど、それで間違ってないよね! と、確信的なものを直感で感じる。
精神世界の次元では、そんなふうに「わかる」のです。
(・ω・)

あ、1+1=1が『真実』かどうかは知りませんよ。例えです、たとえ。でも、あなたが直感的に「そうだ!」と感じたら、『真実』です。
(´∀`)


さて、それでは理論を超えて、直感的に何かをわかってもらいましょう。

人は「失うこと」を恐れます(`-ω-´)
うん、「失うこと」は恐怖ですよね。お金、最愛の人、健康、信用、生きる道…… どれも失いたくないものばかりです。
じゃ、なんで「失うこと」は怖いのかしら? じっくり考えてみてください。
すると、「失うこと」そのものより、「失ったあと」が怖いんですよね。「失ったあと」がどうなるかわからないから怖いんですよね。
お金、最愛の人、健康、信用、生きる道、どれも失っても人生が続いて行くわけです。終わりません。その続いて行く先の人生がどうなるかわからない、今よりも生きづらいものになりそうだ。だから、怖い。そういうことですね。
(´・ω・`)ノ

しかし、今よりも確実に生きづらくなるかと言うと、それもわかんないわけです。そうですよね?
みなさん、いろんなものを今までに失ってきたでしょう? でも、どんどん生きづらくなる一方だったかと言うと、そうでもないですよね。むしろ、失ったけど、結果的にかえってよくなった、てなこともたくさんあったですよね。
(´∀`)

そうは言っても、確実に結果的によくなるかどうかも「わからない」です。先のことは本当にわかりませんから。
つまり、この「わからない」が怖いんです。そうですよね。失った後の人生が確実にわかったら、「失うこと」は恐怖にならないです。


ハイ。それではです。「死」です。(`-ω-´)

単純に言うと、「死」も「失うこと」です。肉体やこの人生を失います。

なんで人は「死」を恐れるのか? 

「わからない」からです。

ここでは「死」そのものへの恐怖について語っています。死の直前の肉体的苦痛への恐怖は、それは生きているときの苦しみなので、厳密に言うと「死」の恐怖ではありません。


「死」の何が「わからない」のか? 死んだらどうなるのかが「わからない」のです。

人生を失うのがなぜ怖いのか? 失ったらどうなるか「わからない」からです。

ということは?

失ったあとがあるってことです

それをあなたは知っているから、怖いんです。

ごきげんよう。


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なんじゃアレは?

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口の中に入ってみた。
難波八坂神社@大阪市浪速区


posted by 笑うウリエル at 16:29| Comment(51) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする