2019年01月10日

「一切皆苦」(`-ω-´)

ゴゴゴゴ((((;゚;Д;゚;)))) キゲンヨウ


今からするお話は、にわかには信じがたいことです。
実際に「それ」を体験すれば、なるほどと理解することができるのですが、その体験をなかなかさせてもらえない。誰にさせてもらえないかというと、「私」です。
(´・ω・`)

人はいろんな「苦しみ」を抱えています。
お金がない、仕事がうまく行かない、健康でない、人間関係が悩ましい.....
そして、いかなることも思い通りに行きません。まさに生きることは「苦しみ」です。ブッダはこれを、

「一切皆苦」

と、言いました。


そして、人はこの「苦しみ」から逃れるため、または、克服するために、あらゆる努力をします。
お金がない人は、お金を得ようとします。仕事がうまく行かない人は、もっとスキルアップしようとしたり転職したりしようとします。
健康でない人は、病気と闘います。人間関係で悩む人は、見方を増やそうとしたり、相手より優位に立とうとします。
こういう様々な「苦しみ」から抜け出そうとするエネルギーを

「煩悩」

と、言います。すなわち『欲』です。


しかし、人生、なかなか思い通りに「苦しみ」から逃れることはできません。運よく「苦しみ」を乗り越えたと思ったのもつかの間、またすぐに新たな「苦しみ」がやってきます。私たちは「煩悩」を燃やし続けるしかないのでしょうか?


さて。はて。(・ω・)

ほとんどの人が「苦しみ」から逃れらず、日々、四苦八苦しているのですが、
もし! 今ここで、「苦しみ」が綺麗サッパリなくなっちまったら、どうなるか知ってますか?
(´∀`)
やっぱり、バラ色の人生になると思いますよね? 「苦しみ」がもうないんですから。でも、

そうはならんぞ!(゚Д゚)ゴルァ!!

とだけ、言っておきます。ハイ。


例えば宝くじで何億円が当たったとしましょう。もう一生、働かず、好きなことだけしてればいい。そんな状況に運よくなったとしましょう。
または宝くじでなくても、あなたが最も欲しいと思っていたものが、ぜーんぶ手に入ったとしましょう。これだけあればもう何もいらないというくらいです。すると人はどうなると思います?

絶望するんですよ (゚Д゚)

ホントです。
なんでか? これは体験してみないと、わからないのかもしれません。でも、簡単に理由を言うと、

「もう生きなくていい」

と、神様に宣告されたのと同じだからです。
(・ω・)

だってそうでしょ?
もう人生この先、頑張ってもいいけど、べつに頑張らなくてもいいってことですから。あとは食べて寝て、その中で好きなことして死ぬだけです。
その好きなことも、普段はなかなかできないから「好きなこと」なんじゃないですか? いつでも好きなときに好きなだけ出来てしまったらオモシロくもなんともないと思いますよ。
温泉が好きという人に、朝から晩まで温泉三昧していいよって言ったとして、果たして死ぬまで温泉三昧できますか?
んなもん、十日で飽きるっちゅうねん(笑)
おまけに「苦しみ」の中で身も心も疲れているから、温泉が気持ちいいわけで、疲れてなかったら気持ちよくもなんともないっしょ(笑)
いつでも好きなことしていいよって言われたら、好きなことも好きでなくなっちゃうんですよ。


「もう別に頑張らなくていい」

この世界から、そう宣告されるのって、ものすごく残酷なんです。
夢も希望も奪われます。もう叶ったんだから必要なし。好きなことも奪われます。イヤなことがあったから、好きなことが楽しかったのです。
みなさん、会社や家族のみんなから、

「頑張ってもいいけど、別に頑張らなくてもいいよ」

って言われたら、どんな気持ちになります?
ウリエルは最も残酷な宣告だと思います。「いらない」ってことですもんね。それを「この世界」から宣告されるわけです。恐ろしくね?


しかし、この世界は、

「一切皆苦」

です。

「なんと、ありがたいことだ!」

と、思わず叫んでしまいます。
(´∀`)

ごきげんよう。


商売繁盛で笹もってこい♪
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商売繁盛で笹もってこい♪
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すごい人人人......!
いちばん儲けてはるの、
エベッサン(今宮戎さん)や!
今宮戎神社@大阪市浪速区
posted by 笑うウリエル at 20:56| Comment(78) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

ちょっと危うい (`・ω・´)

(*´ω`)o【ごきげんよーデス♪】o


この世界は、常に「ちょっと危うい」ところです。

「本当の自分」から見れば、危うくもなんともないのですが、分離した個人はそう感じるようにプログラムされておりますので、仕方ありません。それが人間です。ハイ。
なんで、そんなプログラミングしたのかと、文句のひとつも言いたいところですが、その説明は長くなるので割愛します(笑) まあ、チョー端的に言うと、『真実』に気づくためかな。

だから、個人として生きている限り、100パーセントの安心なんて得ることはありません。残念ながら、それが人間です。どんなに努力して安心や幸福を手に入れても、常にある「ちょっと危うい」感覚からは解放されないでしょう。ハイ。
ということで諦めてください。ハイ。


でも、チョー端的に『真実』に気づくためと書きました。そのために、わざわざ「ちょっと危うい」感覚を常に持つように設定してあるわけですから、それを無視してはもったいないということです。もったいないどころか、せっかくの人生を無駄にしてしまっているわけです。本当はこの世界は危うくもなんともないところなのです。それに気づくための、大事なプログラムです。


昔は今と違って、一度も泳いだことのないという人がたくさんいて、そんな青年たちが海軍に入隊して始めて泳ぎを練習するとき、水をたいへん怖がったそうです。
そのとき、先人たちはどうやって、彼らに水は怖くないと教えたか? その方法はいたって簡単。

水の中に突き落とす (`・ω・´)

でした。
無防備に水の中にボチャンと落とされることによって、あんなにも恐ろしかった水が、意外と、というか、全然怖くないということに、彼らは気づけたのでした。怖いのは落っこちたときの一瞬だけ。水中でむやみやたらにもがいたりしなければ、身体は自然に浮いてくる。
このお話は、『真実』がどういうものか、非常にうまく説明してくれています。


私たちが、この世界を「ちょっと危うい」場所と感じるのは、泳いだことのない青年と同じです。本当の意味で、まだ人生の中に飛び込んでないのです。
「この人生に無防備に飛び込んだら、おぼれてしまう。おぼれないように、まず泳ぎを学んでから飛び込もう」
みたいな感じ。いやいや、まず水の中に飛び込まないと、泳ぎを学べないのにね。
(´∀`)

まず、飛び込んでみましょう。人生の流れの中に。
そして、流れの中では、もがけばもがくほど沈んでしまいますよね。反対に何もせずじっとしていると、プカーと浮いてきますよ。
流れとは、つまり現れるものや人、そして起きることです。それに、

もたれかかってください

もたれかかると、分離していたものがベッタリくっつくんですよ。ある意味、ワンネスです。そのとき不思議な化学反応が起こりますので。


「ちょっと危うい」

に、身をさらしてみてくださいな。無防備に。そして、もたれかかってください。
そもそも、無防備にさらしたときの化学反応を見るための「ちょっと危うい」なんですよ。だから迂回も撃退もできないです。もたれかかるしかありません。
(´∀`)


実は、みーんな「ちょっと危うい」を、ものすごく楽しんでいるんですよ。

ごきげんよう。


正月やしね、岡本太郎で行こう!

「いいかい、

怖かったら怖いほど、

逆にそこに飛び込むんだ」

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@大阪府吹田市
そういや、万博も大阪に決まったんだったなぁ...
posted by 笑うウリエル at 23:02| Comment(60) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

あけましておめでとうございます(´∀`)

アケオメ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!


あ、新年のご挨拶です。

さあ、2019はいったいどんな一年になるのでしょうね。

たぶん、どんなことがあっても、みなさん最高の一年になりますよ。
(´∀`)


ではでは、ごきげんよう。

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posted by 笑うウリエル at 00:32| Comment(77) | 閑話休題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする