2018年08月15日

「私」と「私以外」

ゴキゲンヨー(・3・)プップクプー!

お盆ですね。この期間はアクセス数も少ないので、まったり軽ーく記事を書きます。
(´∀`)

「私」と、いつも主張しているヤツ、まあ「自我」とか「エゴ」とか言われてるヤツですが、このブログでは「私」と呼ぶことにしました。なぜなら、
「ああ、これは私のエゴだわ……」
みたいに、自我やエゴを、まるで「私」でないかのようにとらえちゃったりしますから。そもそも「私のエゴ」なんて表現自体がおかしいのですよ。「私」がエゴそのものなのですから(笑)


さて、「私」はこの世界を二つに分けて見るのが大好きです。というか、そうしないと、この世界を認識できません。
上下、左右、東西、南北、高低、長短、明暗、表裏、敵味方、善悪、苦楽、優劣、生死、幸不幸……
ありとあらゆるものを二つに分けて、この世界を認識するようになってます。森羅万象二極一対でおます。
また、そうしないと、「私」も認識でません。だって、

「私」と「私以外」

という、二つに分けているから

「私」がいる

と、わかるわけです(´∀`)


二つに分けると、「私」から見るとなんでもスッキリします。また、二つに分けることは、物事をなんでも面白くします。ですので、「私」はありとあらゆるものを二つに分けたがります。
スポーツも応援しているチームと敵チームの二つに分けるから、スッキリ楽しめます。二つに分けないと、イマイチ面白くありません。高校野球もただの「球児たちの戯れ」になってしまいます。
また、いろんなものにランキングをつけるから、世の中それなりに面白くなります。いろんなモノや人を優と劣の二つに分けて、それをつなげたものがランキングですもんね。
逆に二つに分けてないものに直面すると、「私」はどう反応していいかわからなくなり戸惑います。
「敵でも味方でもない」とか、「善でもあり悪でもある」とか、「どちらも正しい、正解はない」とか。
こういう現象に出あったとき「私」は、「そんなの困る」と、ブツブツ言ったり、何が何でも二つに分けようとして苦しんでしまうのです。


あ、これは余談でした。本題に戻ります。
二つに分けるのが大好きな「私」ですが、二つに分けると言うことは、「二つに分ける前」があるわけです。
コインの表と裏、どちらか片方を表と決めるまでは、裏もありません。ただのコインです。
棒の先っぽと根もと、どちらかの端を先っぽと決めたから、反対側が根もとになるわけです。それを決めるまでは、ただの棒です。
高校野球も学校ごとに分かれて対戦すると決めるから、試合ができます。そして試合終了までに点を多くとった方が勝ちと決めるから勝敗がつきます。決めるまでは、ただの「白球を追う球児たち」でしかありません。
私たちは、森羅万象二極一対、ありとあらゆるものを二つに分けて物事を認識していますので、つまりは、ありとあらゆるものに、「二つに分ける前」があるのです。
新築と中古住宅、二つに分ける前は「家」です。外車と国産車、二つに分ける前は「くるま」です。
ということは、

「私」と「私以外」

の、二つに分ける前があるってことですよね。
この「私以外」というのは、「他者」のことだけを言っているのではありません。私の身体以外の、外の世界せーーーんぶのことですよ。
肉体の外側の、ありとあらゆるものです。肉体の外側の空間のことです。宇宙の果てまで広がってます。


すると、「私」と「私以外」の二つに分ける前は、どーーーやって見ても、

「この世界!」(゚∀゚)

ですよね? 宇宙の果てまで広がるこの空間ですよね?
(´∀`)

そのことを私たちは知覚、認識できるんですよ。わかることができるんですよ。これが不思議じゃありませんか?
なんでわかるか、理由はものすごーく簡単です。

「この世界」が「自分」だからです(・ω・)

「私」でない、本当の「自分」が「この世界」だからです。

「すべては自分の内側にある」とか、よくそういう言い方をするのは、そういうことです。
「ワンネス」とか「ノンデュアリティ」とか、わざわざもったいつけた言い方とかもしてますが、ただ単にそれだけのことです。ハイ。
こんなの誰でも知ってるよ、ってことです。あなたもとっくに知ってますから、考え込まないでください。

するってーと何かい?
この「私」、肉体の中にあるように思っている「私」、コイツは誰やねん?
ってことになりますが、知らんでいいんじゃないですか、そんなこと(笑)
(´∀`)
今までも実は誰だか知らないのに、それなりに生きて来てるんですから、放って置いても大丈夫と思われます(笑)
まあ、なかなか放って置けないヤツで、ついつい感情移入しちゃうんですが。

とりあえず、「この世界」が「自分」というのを、ちょっと今いる立ち位置、肉体から離れて感じてみてください。


ちなみに、スピリチュアルはそこで終わんないんですよ。そこがスタートラインです。「ワンネス」なんて、気づいたところで、何にも起こりませんよ。
「私」はかなり奥深くまで入り込んでます。
「ワンネスの世界」と「二元の現実世界」も、二つに分けてます。
「悟ってる」「悟ってない」、「目覚めた人」「目覚めてない人」も、二つに分けてます。
さらには、「未知」「既知」も、二つに分けてます。
最終的に「本当の自分」が「ある」ってことは、「ない」世界もあるってことですよね。本当の「自分」を超える世界があるってことです。つまり「本当の自分」が創り出される前があるってことです。それを当ブログでは、

『誰だかわからない』さん

と、呼んでます(´∀`)


二つに分かれているものは、すべて「二つに分ける前」があるはずなんです。
みなさんがそれぞれ、現在気づいている場所で、二つに分かれているものを発見し、そして「二つに分ける前」に思いを馳せて感じてみてください。

なんだか、とりとめのない感じになりましたが、引き続き、お盆の休暇を満喫してくださいね。
ではでは、
ごきげんよう。


夏の風景の続きを(´∀`)
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明野のひまわり畑@山梨県北杜市

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朝日連峰と水田@山形県朝日町

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五色沼と裏磐梯@福島県北塩原村

おまけ・白河ラーメン
sirakawa.jpg
でかいんだ、これ(´・ω・`)
posted by 笑うウリエル at 11:21| Comment(46) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする