2018年05月19日

「私」(;´Д`)

ゴ━━━━(゚A゚)━━━━ン きげんよう。


さて、前回のつづきです。

「痛い」とか「つらい」とか「悲しい」とか「寂しい」とか……
いろんなネガティブな感情が出現したとき、「被害者」だとカンチガイしてしまった、あなた。
「被害者」と言う以上、誰かが存在しないといけません。ということで「私」ができあがってしまいました。被害者意識を持ったがゆえに、「私」を作ってしまったのです。あなたは、

この世界の中の、ちっぽけな「私」

に、分離してしまったのです。

ちっぽけな「私」から見ると、この世界は常に危険な場所に見えました。油断しているとまた被害者になってしまいます。
そこで、あなたは被害者にならないように対策をとりました。被害者になることは「こわい」です。
だけど、どんなに対策をしてもすぐに被害者になってしまいます。そもそも被害者であると思うことがカンチガイなので、その対策もカンチガイなのです……


例えば、
幼い子供にとって親というのは、もう唯一無二の存在です。
「この人がいれば、『こわい』がなくてすむ」
あなたは、そう感じていたはずです。親はまさにスーパーマンでした。なんでも助けてくれました。だから、あなたにとって被害者にならない対策として、親のそばにようと考えました。
でも、そのとき同時に、またもや大きなカンチガイをしてしまったのです。

親を神様とカンチガイしたのです。

確かに子供から見たら親は何でもできるし、どんなときも助けてくれるスーパーマンでした。あなたはそんな親に神様のようにいつも笑っていてほしいと思いました。だって、こっちを見て笑ってくれていないと、困ったときに助けてもらえません。
しかし親は神様ではなく人間です。いつも笑っているとは限りません。だから、あなたは「親に笑顔でいてもらう」という対策も考えなくてはならなくなりました。しかしこの対策、子供には難度が高すぎました。あなたがどんなに頑張っても機嫌が悪い時は悪い(笑)
「うるさい!」とか「あっち行ってなさい!」とか言われます。 
あなたは、またも被害者になってしまいました(´・ω・`)
新たな対策が必要です。

そこにさらに、兄弟姉妹との競争なども発生したりして、どんどん対策は複雑化して行きます。対策のための対策やら、そのまた対策やら…… どの対策がなんの対策かもわかんなくなって、そのうちネガティブな感情が被害者意識を生み出すのか、被害者意識がネガティブな感情を生み出すのかも、どうなっているのやらわけわかんなくなりました。

それが「私」です(´・ω・`)


もちろん、上の例はほんの一例で、誰もがそうとは言えません。百人いれば百通りのカンチガイと対策があり、ひとりの内にもいくつものカンチガイと対策があります。
でも、被害者にならないはずの対策が、さらなる被害者になることを発生させ、どんどん被害者になり続けるという連鎖と混乱は、みな、どれも同じです。みんな何がどうなっているのか、わけがわからなくなっているのです。
そんなふうに、めちゃくちゃに複雑になって混乱していますが、そもそものことの発端は、

「ネガティブな感情」

ですよね。それを「被害者」になったとカンチガイしたことですよね。
そこを解きほどいてあげないと、いくら対策を打っても効果ナシなのです。
「この世界は恐ろしい」
というカンチガイ、誤解。これが根っこにあって、その上に誤解の誤解の誤解…… と、何重にも誤解が積み重なっているのです。でも、この根本をスコンと外してしまえば、山積みの誤解が一気に崩壊しますよー、ということなのです。
(´∀`)


「私」をよく観察していると面白いですよ。あなたはいつも同じパターンで苦しんでませんか?
いつも同じようなことが起こって人間関係が悪くなったり、いつも同じような人に迷惑をかけられる、いつも同じようにお金がなくなる、いつも同じようなときにジャマが入る……
そんなことないですか? そうでしょ?(´∀`)
なんでそうなるかというと、あなたが「ネガティブな感情」に対して持った最初のカンチガイが原因なんですよ。大人になったから忘れてしまっているかもしれませんが、無意識のうちに子供のころから同じことをしているから、同じ現象が起こるんです。無意識に被害者意識だけが湧き起こって、同じパターンの行動をしているんですよ。これが実は「引き寄せ」なんです。私は詳しくないのですが、心理学でもこれを

「未消化の感情」


と、言うらしいです。
いまだに「未消化」なんですよ。幼少のころから。


ということで、「ネガティブな感情」は消化しましょう。それは本当はネガティブなものではない。感じ切って消化してしまえばわかります。
感じ切るときに、「私」が「私」でなくなるようで怖くなったり、「私」が許せない人や物事に負けてしまうような敗北感も感じることも多いです。
それでも進んで感じ切ってください。「私」がぶっ壊れても、あなたは、「自分」は傷ひとつつかないのです。

「ネガティブな感情」をただ何も考えず、何もジャッジせず感じてください。

本当は、その感情も『愛』なのです。

すぐにはわからないかもしれません。中には何年もかかる人もいます。でも何十年もかかりません(笑)
何十年もやってきた思考パターン、行動パターンですから、すぐには解きほどけないのも仕方ないです。
でも、このパターンから脱却したら、自分がどんなことするのか楽しみではありませんか?

生まれ変わってしまいますね(´∀`)

ごきげんよう。



「岡山のとある寂れた町の、とある古い喫茶店の、
クリームソーダには感動する
という話を耳にしたウリエル。行ってみた。
ホントに味がある古い喫茶店。古カフェ好きならヨダレものだろうな。
おばちゃんとお姉さんふたりだけでやってる。
んで、クリームソーダ、注文した(*´ω`)

感動した!(゚∀゚)

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@「西洋乞食」倉敷市水島地区
posted by 笑うウリエル at 23:05| Comment(50) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする