2018年05月13日

「私」(´・ω・`)

ごきげんよーーー=≡Σ( ε|) 0

今からずーっと前、あなたの肉体がまだ幼いころ、あなたはこの世界とひとつでした。
すべてが自分。肉体の外側もあなただったんですよ。
あなたは毎日が新鮮で輝いていました。何もかもが素晴らしい。
あなたは思いっきり走りたくなりました。だから、ただ走りました。そのとき……!

こけました (゚Д゚)!

「痛いっ!」
そう思いました。完璧だった肉体の一部がすりむけて、そこから真っ赤なものが流れ出ました。
「こわいっ!」
続けて、そうも思いました。
あんなに輝いて素晴らしかった世界が、一瞬にして、恐ろしい世界になりました。あなたはこの瞬間、この世界の被害者になりました。それと同時に、この瞬間、

分離しました(´・ω・`)

この恐ろしい世界とその被害者に分離しました。ひとつだった世界が、「私」と「世界」に分離してしまったのです。


また、あるとき、あなたはクレヨンというもの手に取りました。
それはいろんな色があって、どれもとてもキレイでした。この素晴らしい世界に、このキレイな色とりどりのクレヨン。あなたと世界はひとつでした。
あなたはそのクレヨンでこの世界をもっと面白くしたい衝動にかられました。クレヨンでこの世界にいろんな色をつけると、もっとステキな自分になると思いました。そして、目の前にある壁に、衝動のままいろんな絵をかきました。その次の瞬間!

「なんてことするの!!!」

という、罵声が飛んできました。振り向くといつも穏やかなお母さんが、とても恐ろしい顔でにらんでいます。

「こわいっ!」
そう思いました。それから、あなたの手からクレヨンがむしりとられるように奪われました。
「ああっ! どうしてっ!?」
キラキラしていた世界が、一瞬にして重くて恐ろしい世界に変わりました。あなたは被害者になりました。この世界、お母さん、そして「私」と、バラバラに、

分離しました(´・ω・`)

あなたは、残念ながら、
「お母さん、ステキでしょ? ぼくはこの世界をもっと豊かにしたくてこんなことしたんだ。素晴らしい絵でしょ? お母さんが怒るの無理ないけど、ぼくはこれを表現できたから満足だよ! どんな罰でも受けるよ! それだってステキな体験のひとつだよ!」
てなことを言う、気色の悪い子供ではありませんでした。まだ未熟すぎたのです。仕方のないことです。あなたはこの恐ろしい世界と、被害者にまたまた分離してしまったのです。


そんな体験を何度となくしているうちに、だんだん分離しているほうの時間が長くなってしまいました。
あなたはいつしか、

「この世界」の中にいる、ちっぽけな「私」

だと思うようになりました。
ちっぽけな「私」から見ると、「この世界」は常に恐ろしいところに見えます。油断していると被害者の体験をする場所になってしまいました。
あなたは被害者にならないように、いろいろ工夫するようになりました。親の言うことを聞いていれば、被害者になることは減りました。そのためにはハートからあふれる情熱や好奇心を抑える必要がありました。
また、あらかじめ被害者になることを予想して、それを回避する方法なども知るようになりました。
例えば、勉強してよい学校に行けば、よい職につき安定した暮らしができる。「貧困」というこの世界の被害者にならずにすみそうだ、とか、
こういうことを他者にしたり、しなかったりしたら、他者から嫌われることがない。「いじめ」とか「仲間外れ」というこの世界の被害者にならななくてすむ、とか。
その他いろいろ、ホントにいろいろいろいろ、被害者にならないように予防線をはるようになったのです。その予防線を張りめぐらしまくった状態が、今の

「私」(´・ω・`)


です。

そうなんです「私」って、ただの「こわいっ!」にグルグル巻きついた予防線の集合体なんです。ちょっとした「こわいっ!」で起こったカンチガイから始まって、二度と「こわいっ!」の被害者にならないようにしようとした防御柵の集合体なんです。「こわいっ!」もステキな体験だと受け入れることができたのならよかったのですが、幼いあなたには到底ムリでした。
そして、予防線や防御柵を張りめぐらしすぎて、本来の「世界が自分」に戻れなくなって行ってしまったのです。


戻れないから防御しきれないときは、新たに防御柵を増築していきます。でもいくら増築しても防御しきれません。そのうち何が何だかわからくなってしまいました。それが、今の

「私」(´・ω・`)

です。


本当は転んですりむいて血が出たときも、世界は微笑んでいたのです。お母さんがオニの形相になったときも、世界とあなたはひとつだったのです。ちょっとしたミステイクだったんですよ。どこにも被害者なんていなかったんです。

「この世界」の被害者と思い込んでるのが「私」です。油断したり好き勝手すると、たちまち「この世界」の被害者になると、あなたは思い込んでいるのです。
いままでは、「エゴ」とか「自我」という言葉も使っていましたが、思う所あって、近頃ではぜんぶ、

「私」(´・ω・`)

という表現にしています。「私」を「自己イメージ」とも言うこともあるかと思います。
そして、「本当の私」とか「自己イメージでない私」は、「自分」という表現にしようと思います。

・あなたは自分のことを「私」と思い込んでるだけ

と、まあ、こんな使い方になります。ややこしいかな?



「私」は常に被害者なんです。「この世界」の被害者で、被害者意識のカタマリです。
でも本当は被害者になっていいし、もっと言うと被害者になんかなりようがないんです。

もう少し具体的に、次回、説明しますね。

今宵はこれまでで。

ごきげんよう。

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ぴーかんの空に、真っ赤な橋が鮮やかだったので♪
愛知川橋梁@滋賀県東近江市

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東近江市からもう一枚
「能登川水車」


posted by 笑うウリエル at 22:48| Comment(62) | 『ありのまま』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする