2017年10月31日

コントロール

〜ε〜ε〜┌(|||´Д`)ノ ごきげんよー

「認められたいという欲求」、「対立したいという欲求」、そして三つめは、

「コントロールしたいという欲求」

です。

この「コントロールしたいという欲求」、私ウリエルは説明することができません。なぜなら、この欲求から、

まだ解放されていないからです(´・ω・`)


アジャシャンティという人も、こう言っております。「深淵なスピリチュアルの目覚めを体験する人はいるけど、コントロールの欲求から解放され、真の自由になった人はほとんどいない」と。

ふむふむ、コントロールの欲求を手放したとき、人は本当の自由になるようです。では、さっそく手放しましょう。手放せばよいのです。

あれ……? でも、これって……(´・ω・`)

コントロールを手放そうとコントロールしてないか?

いかんいかん、じゃあ、手放すのをやめよう。手放すのもやめて『ありのまま』でいよう。
うん?(´・ω・`)

『ありのままで』いようとコントロールしてないか?

おい、いったいどうすればいいんだ???
コントロールするも、コントロールしないも、どっちもコントロールやないか。

そうやって、あれもこれもコントロール、コントロールのコントロールのコントロール…… と、どんどん深く深く入って行ってしまったウリエル。
しかし「コントロールしたいという欲求」からの解放はまだ起きません。
(´-ω-`)

でも、そんなことしているうちに、なんとなくわかってきたのは、
分離した「私」というのは、すなわち「コントロールしたいという欲求」なんだなということでした。このウリエルという人格は、「コントロールしたいという欲求」で出来ているようなもんだということです。
そして、「コントロールしたいという欲求」からの解放とは、きっと、慣れ親しんだウリエルという人格を失うということでしょう。今まで生きてきた、よく知っている自分自身とサヨナラするということなんだと感じます。つまりは、まったくの「未知の人」になるということです。

さらには、この自分という意識には、「コントロールしたいという欲求」を手放すことはできない。なぜなら、そのものだから。
自然発生的に起きないことには、コントロールの欲求からの解放は起きないということもわかります。勝手にすべてをゆだねるようになる以外にないわけです。
そして、そのためにできることは、自分自身を深く掘り下げて行くしかないのかなと。そんな気がしました。言わば、コントロールを使って、コントロールの仕組みを見てみる、そういうことになりますね。
でも、それは「私」を使って「私」を消していくような作業とも言えます。今はそんなふうに感じてます。


というわけで、ただいま、どんどんどんどん掘り下げ中のウリエルでした。
掘り下げて行くと、今までまったく気づかなかった「私」が、まだまだたくさんあることに気づいて、ビックリしました。
いったい、これから何が起こるんでしょうね?


とりあえず、みなさんも想像してみてください。

すべてのコントロールを完全に手放したら、

『いま』、コントロールを手放すことができたら

それは、どんなのでしょう? どうなるのでしょう?

ごきげんよう。

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なんの畑が広がっているのでしょう?

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rakkyo1.jpg
これ、らっきょうの花なのです@鳥取県鳥取市
posted by 笑うウリエル at 22:59| Comment(53) | 新装開店後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

「プライド」

ごきげん ( ・ω・)モニュ?(・ω・ )モニュ?

「対立したいという欲求」

について、補足的なお話をいたします。

この欲求に必ずといっていいほど、まとわりついているものがあります。それが、

「プライド」

です。「自己肯定感」、または「優越感」とも言いますね。「私は他の人と違うんだー!」という気持ちです。
こうやって文章にすると、このブログを読んでいるみなさんは、もうすぐにでもわかるんじゃないでしょうか。「ああ、なんという分離意識!!」って。
(´∀`)

自分と他者をモロに分離させておりますね。まるでワンネスではありません。この世に存在するありとあらゆるものは「ひとつ」であり「平等」です。私も他の人も同じのはずなのです。ということは、「プライド」を握りしめていたら、まったく『真実』に気づくことができません。
実際に「プライド」がやたら高い人を観察してみたら、生きるの、しんどそうですよね(笑)
そうなんです。「プライド」は分離意識ですから、苦しみを生むだけなのです。

でも、この「プライド」、知らず知らずのうちにヘンなふうに形を変えて、私たちの無意識の中に巣食ってるんですよ。例えば、
「私はあなたを心配している」、「私はあなたを助けたい」
なんてのも「プライド」の変形です。

「私はあなたより優位な立場にいる」

と、宣言しているのですから(゚Д゚)!
おっと、これは気づきませんでしたよね。他にもいろいろありますよ。「オレはこんなに頑張っている!」とか「私はこんなに苦労してきた」とか。
「私だけが割を食っている」という被害者意識も、「私は救われるべき人間」というプライドの変形ですかね。

分離した「私」は、分離した状態を保ちたいのです。世界の中にいる一個人としての「私」であり続けようとします。これが「対立したいという欲求」の正体だと、私ウリエルは思っています。それが「プライド」という形になり、私たちの中に居座っているんだと感じます。
でも、この「プライド」、無意識のうちに飼っておりますので、意識的に消滅させようと思ってもなかなかできません。人生の流れに任せるしかないんです。

私たちができることは、

他者は自分の映し鏡

そして、

すべての人が、私と「同じ」

ということを、忘れないことだけです。

軽蔑したり、嫌悪感を感じたり、生理的に受け付けない人も、ただ自分の姿が映っているだけなのです。
自分のどういう部分が映っているのか、それを洞察するしかありません。
逆にイエスもブッダも、自分の姿が映っているだけです。「悟っていないフリ」をして人生を体験するために、あなたは自分の知っていることを、聖人に預けているんですよ。

「プライド」が壊れることは、『真実』に近づくということです。でも、壊れるときには恐怖や葛藤が生じます。恐怖や葛藤が生じないのなら、あなたはまだ、エゴの巧妙なトリックに引っかかってます。エゴは恐怖や葛藤から、サッと目を逸らさせて、
「なんともないよー」
って言いますので。
そのトリックが現れるまでの一瞬のスキマ、背筋が凍るような瞬間、顔が熱くなってしまう瞬間、これをつかまえて、それを引っ張り出して感じてください。そして、
「これはなんなんだろう?」
と、勇気を出して観察、洞察してみてください。
最初はたまらない気持ちになりますが、慣れてくると、これが楽しいんですよ♪
(´∀`)

「勇気」は恐怖を克服することではありません。

恐怖と仲間になることです


なんか、話が逸れてねーか?
ま、とりあえず、ここまで。

ごきげんよう。

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3国道重複区間
「三段おにぎり」って言います。
見つけたら、なんかうれしいのです(´∀`)
@滋賀県長浜市
posted by 笑うウリエル at 09:09| Comment(43) | 新装開店後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

アイデンティティ=「ニセモノの私」

ホレ(゚Д゚)ノ⌒ごきげんよう

いきなりですが、

認められたいという欲求

そして、

対立したいという欲求

この両者は、明確に区別することができません。なぜなら、その根底にあるものが同じものだからです。
その根底にあるものは、言葉にすることができないのですが、強いて言うなら、

「アイデンティティ」

って、ヤツかと思います。
でも、「アイデンティティ」という言葉にしたところで、やっぱりよくわかりません。そこで辞書で調べてみました。
「他とは異なる、まさにそのものであるということ。自己同一性」
だとさ。うん、わかりませんねー Ψ(`∀´)Ψケケケ
私の感覚で言うなら、自分と他人を分ける、最初のエネルギーのようなものです。おおもとです。このエネルギーがもとで、人はワンネスではないのです。

私の体験を話しますね。あるころの私、ウリエルは、
「どうして、人に認められたいと思うのだろう?」
と、自分に問い続けていました。人と議論や口論になったりトラブルを起こすのは、この「認められたい」が大いに原因だと思ったからです。
でも、よくよく見つめてみると、いったい何を認めさせたいのか、それがよくわからない。そのうち、人に認められると、ただ単に「気持ちいい」ですよね。その「気持ちいい」のために「認められたい」と思っているにすぎないことを発見しました。人に認められるって、麻薬のようなものですね。
そこで次に、いったいウリエルの中の何が、その麻薬を欲しているのかを探りました。それはなんと、

「孤独の恐怖」

でした。
これは自分でも驚きでした。私自身は「寂しい」とか「ひとりはイヤだ」とか、あまり思ったことがなく、むしろ「ひとりのほうが気楽でいい」という風に、孤独を愛しているような部分があったのです。
でも、そこがエゴの巧妙なトリックなんですよね。本当は「孤独」を恐れているからこそ、孤独を愛そうとしていたんです。
「愛してしまえば、もう怖くない」
そういう思い込みが、孤独を愛させていたのです。自らにウソをつくとは、そういうことだったです。

私は正直に孤独に対して恐怖があること認め、その埋もれて忘れ去っていたような恐怖を引きずり出しました。そして、気が済むまで感じることにしてみたのです。
それは幼いころ、ひとりで留守番をさせられているような感覚でした。とても心細い気持ちになる、あの感覚。昔からあった、よく知っている感覚でした。
ヒマさえあれば、それを感じるようにしました。そして、思考を使っていろんな角度から、その恐怖を眺めたりしました。分析はしません。ただ眺めるだけです。
それをやりはじめて、2、3週間くらい経ったときです。ふと、突然に、ホントに突然にすべてが明らかになったのです。まさに『恩寵』です。

それは言葉にすることはできません。でも、確かに感じたのは、ずっと私を守ってきたエネルギーのようなものです。そのエネルギーは、傷だらけになって、じっと横たわっているような状態でした。それをを明確に感じたのです。そして、それが今までの「私」を創り出し動かしていたエネルギーだと直感で知りました。何から何まで。すべてこの私を守るために!

私の言動の大半は、彼によって発せられていたのです。彼は「孤独」は心細く辛いことで、ウリエルを苦しめると信じて疑わないようです。その「苦しみ」を私に味わわせまいと必死で戦ってきたのです。
彼こそが「ニセモノの私」です。「ニセモノの私」って、こんなに健気で愛おしい存在なのです。私はどうして今まで彼に気づかなかったのかと、涙が溢れました。こんなに痛々しいエネルギーなんて……

「もういいよ」

そう彼に告げると、彼が静かに微笑んだような気がしました。そして、消えてゆくのがわかりました。

その次の日、「孤独の恐怖」を感じようとしても、なんと、できなくなっていました。
というか、孤独って一体なんなのか、わからなくなってしまっていたのです。人は誰もが常に孤独です。でも誰もひとりでは生きていけません。孤独になりようもないのです。「私は孤独」とか「あの人は孤独」とかなんて、言うことなんてできないのです。

「認められたい」もわからなくなっていました。認められたら気持ちよかったはずなのですが、なんでそんなものを欲しがっていたのかがわかりません。だって、誰も私ウリエルを認めようがないじゃないかと思いました。なんてムダなことをやっていたのだろうと思いました。
ガラッと世界が変わった感じがしました。今まで気になっていたことが、どんどんなくなっていきました。気にしなくてもいいように、次々に与えられてくるのです。
「そんなにいらないよ!」
って、言いたくなるくらい(笑)

ここまでが私の体験です。
みなさんの内面はどのようになっているのかはわかりません。人それぞれ、いろんな形になっていると思います。
でも、おおむね、

認められたいという欲求

と、

対立したいという欲求

が、みなさんの内面の深いところにあると思います。ありとあらゆる行動の大半は、このふたつ欲求がモトになっていると思います。これが「分離」を生み出している、最大のエネルギーとも言えるんですよ。
「人と違った生き方がしたい」とか「世の中の役に立ちたい」とか「家族を幸せにしたい」とか、本当にたくさんの「思い」が、この欲求から生まれています。
そして、誰かがあなたに何か言ったとき、あなたどう反応するかという些細なことまで、この欲求から生まれています。どんな服を着るかとか、お小遣いをどう使うかとか、もう九分九厘、あなたの行動を支配しているんですよ。
それを、みなさんには、ぜひ見抜いてほしいのです。


このエネルギーが無事に『成就』したとき、スピリチュアルの探究は一気に次元が変わります。もう巷の覚者とか、「わかった」って言っている人たちが、ぜーんぜんわかってないと思うくらい(笑)
(もちろん、その方々もステキな人たちですよ。道の途中を一生懸命に歩いているだけです)

「認められたら気持ちいい」

「対立して勝ったら気持ちいい」

この気持ちはどこからくるのか、真正直に探ってみてください。どこまでも正直に。
怖いとかイヤだという気持ちが湧いてきたら、それも正直に認めて感じてください。
とっても大事なポイントです。スピリチュアルの探究のキモといってもいい部分です。
そして、アイデンティティとも言えるエネルギーを見つけて、それを感じてください。そのエネルギーがあるから「私らしい」だったのです。あなたの一挙手一投足をすべて決定しているのです。

「ニセモノの私」を生み出していた、エゴの健気な優しいエネルギー。
「今までありがとう」
ゆっくり休ませてあげたいものです。

ごきげんよう。

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高松港の赤灯台はガラス製。

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とっぷりと日が暮れたよー@香川県高松市
posted by 笑うウリエル at 19:58| Comment(84) | 新装開店後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする