2019年10月23日

「正直」 (^ω^)

ご (ノ・∀・)ノ =====きげんよ


「正直」、ショージキというのは、

人にとって最大のチャレンジです!

他人に対してウソをつかないとか、そういうことではありません。

自分自身に「正直」であること

です。


人は自分自身に『いま』起こっていることを、徹底的にと言っていいくらい見ようとしませんし、変えようとします。なぜなら「私」とは、そういうものだからです。

怒りや恐怖があっても抑え込んだり、他人より劣っていると感じても認めなかったりします。
また、醜い欲望を「ない」と思い込んだり、何もしたくない怠惰な気持ちを自己批判したりもしますね。
さらに、気分が落ち込んだ時は、気持ちを前向きに盛り上げようとしたり、それから、「わからない」のに、わかっていると思ったり……
もう、この瞬間にも、必ずと言っていいほど自分をいくつも「あざむいて」いるんですよ。

そして、スピリチュアルを少しでもかじった人は、そういう自分の欠陥と思えるような部分がなくなれば、『ありのまま』の自分になると思ったりします。でも、そうではありませんよ。

欠陥だらけの『いま』が『ありのまま』です

どんなに欠陥だらけでも、『いま』の現実の自分が『ありのまま』です。

欠陥だらけで完璧なのです

ですよね。完璧になろうとしていたら、それは『ありのまま』を避けようとしています。『いま』のままで、何も変えようとしていない状態が『ありのまま』です。

この『いま』の「私」はどんなヤツなのか? 

それを「正直」に、とことん「正直」に見ようとしてください。


人生というものは、「私」の意思とは無関係に流れて行っています。「私」が人生と思っているものは、実は「ニセ人生」なんですよ。
この「ニセ人生」が「USO800!」だと見抜いて、本来の人生に同調していくためには、自分自身に完全に「正直」になることが、どうしても欠かせません。しかし、なかなか簡単じゃないんですけどね。なんせ「正直」なフリまでしてしまうのが「私」です。これはなかなか、困難なチャレンジなんです。
(´・ω・`)

欠陥や無知を無くそうとする労力を、是非とも「正直」なほうに振り向けてください。たじろいてしまいますが、勇気を出して!

ちなみに、「正直」でないときって、何か動揺したような感情になって現れるんですよ。
だから、なぜか腹が立ったときとか、変な汗がでるような感情、不快な感情を感じたら、何かしら自分をあざむいているんだなと思ってもらえればいいです。


人にとっての最大のチャレンジ、

「正直」

この挑戦に乗るか避けるかは、あなたしだい!

ごきげんよう。

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十和田湖@秋田県小坂町
posted by 笑うウリエル at 19:36| Comment(10) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月19日

続「恐怖」(;゚Д゚)

ごきげん (ノ・∀・)ノ =====よ



「恐怖」について、なんか少しわかってきましたでしょうか?
「恐怖」って、いろんな感情や行動のモトになってるのがわかりますか? よくよく見てみると、行動の大半が「恐怖」からでしょ? それを正直に認めましょう。

「怒り」とか「妬み」なんかも、実は「恐怖」がモトです。
「信念」や「プライド」も、「恐怖」がモトなんです。ホントに私たちは「恐怖」をこねて作ったみたいです。そういういろんな「恐怖」を取り除こうとしたり、見て見ぬふりをしたり、心の奥に押し込めたりして、生きているのが人間です。

ところで、

「恐怖」って、なんやねん?(´・ω・`)

なんなんですか? 「恐怖」って?(´・ω・`)

なんでしょうね? ちゃんと調べてみたことあります?
辞書で調べてみましょう。

【恐怖】恐れること。恐れ。

……(´・ω・`) ぜんぜん答えになってない(笑)


なんなんでしょう? 「恐怖」って。
どうやら、自分自身にしかわからないのかもしれませんね。ということは、内にある「恐怖」を、
「なんなんだろう?」
と、思いながら見つめたり、感じたりするしかないようです。

そのためには、まず「恐怖」があると認めなければなりませんね。認めましょう。それから、取り除こうとしたり、隠そうとしたりしてはいけませんね。しっかり認めて、その「恐怖」クンを理解してあげようと努めなければならないですね。

やってみましょう(´・ω・`)

あれ……? なんか「恐怖」って、

美しくない?( ゚ ω ゚ ) ! !

……( ゚ ω ゚ )

ならない? まあ、いいや。感じてやら見つめてやら、感じてやら見つめてやら……を、続けてくださいな。

だんだんわかってきます。「恐怖」って幻想そのものですから。とりこし苦労です。
ということは、「恐怖」をこねて作り上げた「私」も、結局、幻想なんですよ。

そんなことも、まあいいや。まずは、

「恐怖」がある!

と、認めてください。

「恐怖」に出会ったら、めっちゃくちゃラッキーです!
こっちにおいでーと、扉を開けて待っていてくれているようなもんですから。
もう、小躍りでもして「恐怖」の中に入って行ってください。
≡≡ヘ( ´∀`)ノ
「恐怖」の中に入って震えてください。

これだけのことなんです。

そのうち、震えるのもアホらしくなりますから。

アホです。ホントにアホです。(゜∀。)ワヒャヒャ


ごきげんよう。


「三県境」だそうな。
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もっと近寄ってみた。
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@埼玉県加須市・栃木県栃木市・群馬県板倉町(゜∀。)ワヒャヒャ
posted by 笑うウリエル at 22:20| Comment(86) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月16日

「恐怖」 (;゚Д゚)

ごきげん (=゚ω゚)ノぃょぅ

秋祭りも終わり、播磨地方は冬を待つだけになりました。一年って早いですね。
さあ、今日は何を書きましょう(´・ω・`)?


「ブッダのほう」

「イエスのほう」

だいたい、わかっていただいたでしょうか?
「気づき」や「悟り」は多くの方向からのアプローチがありますので、なんとなく双方をテキトーにやってみてくださいね。大事なことは、どの方法も

「期待しないこと」

こちらから何かを起こそう、何かを理解しようとしてもダメです。気づきは常に彼方からやってきます。肉体の次元で時間とともに生きている私たちは、何も期待せず、ただやってくるのを待つことしかできません。
(´ー`)


さぁて! 「イエスのほう」について、もう少し細かく見て行きましょうか。

前回では、「感謝」をハートに、内向きにすることを書きましたので、今回は感謝できない感情について書きましょう。ズバリ、

「恐怖」(;゚Д゚)

です。


「恐怖」って、とっても大事な感情です。刃物を使うときとか、指を切ったら血が出て痛いという「恐怖」がないと、指をザックリ切り落としてしまうかもしれません。また、足場の良くない所を歩くとき、転んだら痛い、落ちたら痛いという「恐怖」があるから、慎重に歩こうとするのです。「恐怖」は私たちの身体を守る上で、とっても大事な感情なのです。

でも、私たちはこの身体を守るために備えられた「恐怖」を、ちょっと濫用しすぎているきらいがあります。
(´・ω・`)
例えば病気になったときなんか、この濫用っぷりがすごくなりません?
「すぐ治るだろうか? 治らないんじゃないか?」
という心配まではフツーの恐怖です。肉体的苦痛や身体の不自由が続くことは「恐怖」です。当たり前です。でも、そこで止まりませんよね?
「仕事辞めなけりゃならないんじゃないか? すると生活が困窮するんじゃないか? やりたいこともできなくなるんじゃないか? 差別を受けるんじゃないか?……」
こんなふうに、「恐怖」がつぎつぎに湧いて来るような経験、誰にでもあるんじゃないでしょうか?

本当は「恐怖」は一時的に身体を守る以外は、ほとんど使わなくていいんです。でも、身体を守る以外にあまりにも使いすぎているのが私たちです。そして、そんな「恐怖」の大半は杞憂なんですよ。たぶん90パーセントくらい。ホントにもう、ほとんどが、

とりこし苦労です(´∀`)

そして、このとりこし苦労が、いわゆるエゴとか、マインドとか、思考パターンと呼ばれるもになって、「私」を何重にもグルグル巻きにしています。笑ウリ部では「こだわり」と呼んでいます。これはもう、

「私」は、とりこし苦労で出来ている

と、言ってもいいくらい(笑)
「私」って、とりこし苦労なんだ! 笑ってしまいますよね。でも、それが人間なんです。それにみんな気づいていないんですよ。


というわけで、この「とりこし苦労」をするのをやめる、つまり、どうでもいい「恐怖」をなくしていくことが、「私」の解放、ひいては「本当の自分」に気づくことになります。そのためには、まず「恐怖」を発見して、それをちゃんと感じることから始めます。

「恐怖」あるのを見つけたとき、そのときの胸のざわめきや、イヤな感覚、身体に出てくる痛み、そういったものを感じてください。正直に「恐怖がある」と認めて。おそらくハート周辺にそういった反応がでると思います。
じっくりと感じます。感じていると、そのうちにだんだんその「恐怖」は消える方向に行きますので。
あ、一日や二日では消えません。それなりに時間はかかります。でも、何年もかかるものでもないです。

「恐怖」って、ちゃんと向かい合うと、どんどん小さくなっていくんですよ。でも「小さくしよう」と思わずに。何も期待せず、ただ向かい合って感じてください。

「本当の自分」は無限のエネルギーと言いますか、それこそ『愛』としか言いようのない、もうわけのわかんないすごいヤツなんです。そのわけわかんないすごいヤツに現れてもらうために、「恐怖」を、そのエネルギーをしっかり感じて、少しずつですが小さくして行くのです。

「恐怖」を感じるのではなく、ただ見つめるのもよいです。すると「ブッダのほう」になります。それも「恐怖」は消えていきます。


では、あなたは何に「恐怖」を感じているのでしょう?(゚∀゚)

それは「とりこし苦労」ではないですか? 

なんで、そんな「とりこし苦労」をするのでしょう? それは、さらに「恐怖」があるからです。あなたが本当に「恐怖」を感じていることは何ですか? いちばん何を恐れていますか?
どんどん自身の深いところに入り、そこにあるエネルギーを正直に感じてください。深いところにある「恐怖」がなくなったとき、気が付くと世界は激変しています。


わからなくてもいいですが、この世界は『ハート』から創造されているんですよ。でもね、現在、あなたが生きている「この世界」は、『ハート』に中にこびりついてしまった「恐怖」というヘンなゴミで、屈折して歪んで映っているんですよ。言わば「とりこし苦労」で出来ちゃった世界です。それで実際に病気になったりしている人だっていると思います。


本当はこの世界は素晴らしい。なーんも怖いことはない。

その素晴らしさに、ただ立ち尽くすだけなのです。

ごきげんよう。

サルビア
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ブルーサルビア
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あわじ花さじき@兵庫県淡路市


posted by 笑うウリエル at 20:30| Comment(60) | このへんから | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする